アイヌの人々による反植民地運動(1870年代~1890年代) - 東京カレッジ

アイヌの人々による反植民地運動(1870年代~1890年代)

Michael ROELLINGHOFF

近く発表する論文「『日本の発展』―植民地時代の北海道における日本辺境のアメリカ化」で述べたように、日本の植民地政策、土地利用政策は1870年代初め以降、アイヌの人々をその土地と資源から切り離しました。その後の規制によって北海道の動植物は国の所有とされ、アイヌの人々による自治的な狩猟、漁労、林業は法律で罰せられました。その直接的な結果として、アイヌの集落は1870年代後半から飢饉に襲われ、少なくとも1890年代まで続きました。山田伸一(2011)は、飢餓に苦しむアイヌ集落がそうした政策に文書で抗議したと述べていますが、本プロジェクトでは、北海道各地のアイヌの人々が1880年代後半にまとまり始めて相当規模の運動体を形成したことを実証します。その運動の目的は、日本政府にアイヌの土地の権利を認めさせ、アイヌ集落に特に悪影響を及ぼした政策を転換させることでした。井上勝生(1999)によれば、そうした抗議集会の中で最大規模のものは二風谷村で開かれ、1000人以上が参加しました。私自身の博士論文に記したことですが、その集会後、抗議活動のアイヌ代表と日本人支援者が東京に向かっています。とはいえこの点を除けば、この運動の組織、参加者、日本の植民地政策への影響についてほとんどわかっていません。

十分な研究はなされていませんが、この運動は、近代北海道の歴史のみならず、日本帝国の歴史においても重要な意味をもっています。飢餓が続いていた当時、植民地計画担当者はアイヌの人々を、柔軟で政治に無関心な民族であり、植民者の慈悲深い介入がなければ「消滅する」運命にあるとおおむね捉えていました。しかしながら、反植民地運動が示したように、日本が1869年に北海道を併合後の数十年間、アイヌの人々は政治意識を強め、組織化していました。これは帝国日本の歴史において初めての大規模な反植民地運動でもあり、1960~70年代のアイヌ復権運動ばかりか、台湾先住民による抗日運動や朝鮮の3・1独立運動など、20世紀初めの日本帝国で起きた反植民地闘争をも予感させるものでした。したがって、日本帝国主義への抵抗の歴史をより深く理解するには、このアイヌの運動についてさらに詳しく知ることが不可欠です。

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