東京カレッジ・ワークショップ「コロナ危機を文化で考える―アイデンティティ、言語、歴史―」 - 東京カレッジ

東京カレッジ・ワークショップ「コロナ危機を文化で考える―アイデンティティ、言語、歴史―」

日時:
2020.06.16 @ 15:00 – 18:00
2020-06-16T15:00:00+09:00
2020-06-16T18:00:00+09:00

研究者を対象とした初のオンライン・ワークショップ「コロナ危機を文化で考える」が6月16日(火)に開催されました

この3時間に及ぶワークショップでは、東京カレッジに所属する研究者9人が登壇し、事前に参加登録をした約70人が参加しました(大半は日本在住者でした)。私たちは東京カレッジの研究活動に関心を寄せていただいたことに深く感謝するとともに励まされ、今後もオンライン・イベントを続けていきたいと考えています。

今回のワークショップの構想は、新型コロナウイルスの感染拡大に対して発令された緊急事態宣言下で練られました。キャンパスでの活動が制約される中、東京カレッジの研究者たちは研究報告や議論をオンラインで定期的に行なっていました。また、内部でコロナ・セミナーを開いて、コロナ危機とその背景、影響について、それぞれの専門分野を踏まえてさまざまな観点から考察しました。そして、議論を継続し可能な限り速やかに公開することが私たちの使命だと判断し、このオンライン・ワークショップを企画しました。

世界的なパンデミックであるコロナ危機はもちろん、何よりも医療の緊急事態です。とはいえ、新型コロナウイルスとその人体への影響は、感染が及んだ国ではどこでも基本的に類似していますが、政策や世論は国によって大きく異なり、それぞれの文化的前提や歴史的経緯に根差したものでした。このワークショップでは、そうした文化的要素を、アイデンティティ、言語、歴史の3つのパネルで議論しました。

アイデンティティの主張の違いは、誰が犠牲者あるいは悪者とされるかに大きく影響しますが、加えて公衆衛生上の介入の受容度にも影響しました。Michael Facius氏は、多くの欧州諸国では、公衆衛生の専門家やメディアがマスクは感染拡大の抑制に効果がないという見解を押し広め、文化主義的なレンズでマスクはアジアの人々が着用するものだとみなしたため、マスクの着用が数カ月遅れたと述べました。

赤藤詩織氏は、コロナをめぐる日本のナラティブと政策はジェンダー化されていると指摘し、コロナウイルスとの勇敢な闘いは男性的な「国体」観と結びつけられ、看護に従事する女性の負担は過小評価されるか無視されていると述べました。Wang Wenlu氏はパンデミックの人種化を取り上げ、たとえば欧米では中国人、中国では黒人が悪者扱いされていると論じ、さらに、人種化されたマイノリティがそうした言説に対抗して自分たちのコロナ・アーカイブをつくり始めたことにも言及しました。

第2パネルでは、コロナ関連の情報がどのように言語的に表現されているのかが議論されました。Viktoria Eschbach-Szabo教授は公衆衛生に関するコミュニケーションの観点から、地方・国・国際レベルのさまざまな統治機関がコロナ関連の保健情報を多言語集団にどのように伝えたかを分析しました。Maria Telegina氏はデータモデリングをツイッターのコロナ関連ハッシュタグに用いて、ツイッター上の主要なトピックを明らかにするとともに、書き込まれた意見が及ぼしうるプラス・マイナスの影響に触れました。

第3パネルでは、現在のコロナ危機への対応を歴史的観点から考察しました。羽田正教授はコロナをスペイン風邪やペストなど過去の世界的感染症と比較して、コロナウイルスの拡大ペースが過去の感染症よりずっと速いのは、現代社会がグローバルに統合されているからであり、同時に協調的対応と情報交換も相当に加速しており、それが、今のところ致死率が比較的低く抑えられている一因になっていると述べました。

Michael Roellinghoff氏は明治期北海道の衛生政策に言及し、いわゆる近代衛生制度の確立につながった言説や政策が、他方ではアイヌ・コミュニティの生活様式や伝統医療を犠牲にしたことを強調しました。最後にAndrew Gordon教授は、感染拡大に対する日本政府の過去の対応策を振り返り、今回の日本のコロナ対策は比較的緩やかで(厳しい都市封鎖ではなく国民に自粛を要請)、過去の事例とは違うことを浮き彫りにしました。

閉会に当たり、Marcin Jarzebski氏と赤藤詩織氏は、パンデミックに対する各国・地域の反応を理解するうえで文化的要素が重要な意味をもつことを再度強調し、こうしたアプローチが今後のコロナ対応における連携強化にも一役果たせることを願うと述べました。

終了しました
Zoom Webinar
開催日時 2020年6月16日(火)15:00-18:00
会場

Zoom Webinar

申込方法 事前申込制  ※満席のため受付終了
言語 英語(通訳なし)
要旨

コロナ危機について、東京カレッジ所属研究者が3つの視点から自らの知見を披露し、意見交換を行います。新型コロナウィルスが世界を脅かす一方で、危機に対する社会の反応は、国や地域によって異なっている。その違いには、それぞれの国の文化や歴史的背景が反映されている。新型コロナウィルスを想定した「新しい生活様式」を模索する中で、本ワークショップでは、コロナ禍で浮き彫りになった文化・歴史的背景と、それが政策や世論にもたらす影響を考えたい。

プログラム

Zoomを用いた学術的なワークショップ。

登壇者:Michael Facius, SHAKUTO Shiori, Marcin Jarzebski, Viktoria Eschbach-Szabo, Maria Telegina, WANG Wenlu, HANEDA Masashi, Michael Roellinghoff, Andrew Gordon(全員、東京カレッジに所属する研究者です)

主催 東京大学国際高等研究所東京カレッジ

Upcoming Events

開催予定のイベント

環境正義における感覚の理論(講演者:Mukul SHARMA教授)

イベント予定講演会/Lecture

2025年7月23日(水)15:00-16:30

視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚といった人の五感は私たちの世界の捉え方や関わり方を形作り、環境体験や文化的慣習に深く関わります。一方で、手触りやにおい、味を社会的に構築する「感覚の政治(sensory politics)」はしばしば社会階層を強化し、特定の集団を環境的な「他者」として疎外します。本講演では感覚の「環境性(environmentality)」に注目し、それが差別的な社会構造の中で不平等をどのように固定化しているかを考察します。感覚に関する規範が不正義をいかに支えているかを問い直すことで、環境正義の新しい概念を提案します。それは、感覚的次元と社会的次元を統合し、カースト制社会において環境・権力・実体験が複雑に絡み合う関係性を捉え直す試みです。

ブリュッセル効果への対応:日本企業はEU-AI法にどう備えるべきか5

イベント予定パネルディスカッション/Panel discussion講演会/Lecture

2025年7月28日(月)12:00-13:00

本ウェビナーでは、2025年7月に最終版が、2025年8月2日から適用が開始される予定であるCoPについて解説し、日本企業が特に留意すべき重要なポイントについて概説します。

EUの規制動向がもたらす「ブリュッセル効果」や日本への影響について理解を深める機会としてAI関連技術の開発・提供・流通に関わる企業、研究機関、開発コミュニティの参加者のご参加をお待ちしております。

広島AIプロセス(HAIP)報告枠組みとは?―日本発のグローバルAIガバナンス最前線

イベント予定パネルディスカッション/Panel discussion講演会/Lecture

2025年7月28日(月)14:00-15:30

本ウェビナーでは、G7広島サミットで発足した広島AIプロセス(HAIP)とは何か、その報告枠組みの意義について解説します。また実際にHAIPにレポートを提出した企業の実務担当者をパネリストに迎え、「なぜHAIPへの参加を決めたのか」「透明性レポートや情報開示の望ましい在り方とは」「日本法との関連や期待」などについて議論します。
基盤モデル、生成AI、AIエージェントなどを活用するグローバル企業の技術者や法務担当者はもちろん、日本国内のみでAIを活用する企業、さらには中小企業やスタートアップ企業にとっても、HAIPについて理解を深める機会となります。ぜひご参加ください。

コーヒー × サステナビリティ × 気候変動(講演者:Catherine TUCKER教授)

イベント予定講演会/Lecture

2025年7月30日(水)15:00-16:30

コーヒーは、社交性、覚醒、そして生産性と結びつけられる、世界で最も人気のある飲み物のひとつです。しかし、コーヒーの生産は環境の悪化、農村部の貧困、そして社会的不平等を徐々に引き起こしてきました。現在では、気候変動、市場の不安定性、経済的不確実性によって、その生産が脅かされています。
この講演では、中米のコーヒー生産者を対象とした長期的な調査に基づき、異常気象をはじめとしたさまざまな不安の中で、コーヒーの品質や社会経済的な幸福、そして環境の持続可能性を向上させようとする生産者たちの取り組みについて検証します。また、消費者の役割、認証制度の影響、そして気候変動に強いコーヒー生産を支援するためのアプローチについても議論します。

Previous Events

公開済みイベント

日韓の知識共同体を考える(講演者:梁 一模 教授)

イベント予定講演会/Lecture

2025年7月16日(水)15:00-16:30

江戸時代以来、日本と韓国の間では、知識の交流が持続的に行われてきた。20世紀には植民地支配という時期もあったが、知的交流はむしろ活発さを増してきた。本講演では、藤原惺窩と姜沆、山崎闇斎と李滉、古学派と丁若鏞、福沢諭吉と兪吉濬といった日韓の知識人による交流の事例を振り返りながら、今後の日韓知識共同体の可能性を考えたい。これまで東アジア共同体の構想は、ナショナリズムの強化という「東アジア的逆説」に直面してきたが、本講演はその困難を乗り越えるための一つの手がかりを探る試みでもある。

地球の未来への多様な視点とエコソフィーの役割(講演者:Zaini Ujang博士)

イベント予定講演会/Lecture

2025年7月11日(金)10:30-12:00

地球の健康(プラネタリーヘルス)を実現するためには、科学的な解決策だけでなく私たちの文化や行動の根本的な変容が必要です。本講演では、マレーシアで各省の事務次官を歴任した講師が、個人の価値観と社会システムの両方に働きかける包括的なアプローチを紹介します。政策や社会の枠組みに「エコソフィー(生態哲学)」を組み込むことの重要性を、日本と北欧の事例を通じて明らかにします。そして、気候変動問題への取り組みにおいて、水やエネルギー分野のNGO・大学・研究機関を含む非政府アクターが果たす大きな役割に光を当てます。

旧約聖書は王国滅亡をどう語ったか:危機と自然をめぐる3つの言説(講演者:Thomas RÖMER教授)

イベント予定講演会/Lecture

2025年5月22日(木)13:00-14:30

紀元前587年のエルサレムの陥落・ユダ王国の滅亡に関連して、旧約聖書(ヘブライ語聖書)には自然や環境に対する異なる言説が見られます。 本講演ではドイツの社会学者アルミン・シュタイルの分析にならい、国家的危機を前にした人々の姿勢を 1) 預言者(危機の後に人間、自然、動物が調和する楽園のような未来が訪れると考える)、2) 官吏(自然災害を神の裁きと捉え、環境に関心を払わない)、3) 祭司(現在の儀式につながる神話的な過去を構築し、人間と自然の調和をめざす)に類型化して読み解きます。生きとし生けるものとの共存について、聖書は私たちに多くのことを教えてくれるでしょう。

ブリュッセル効果への対応:日本企業はEU-AI法にどう備えるべきか4

イベント予定パネルディスカッション/Panel discussion講演会/Lecture

2025年5月12日(月)17:30-18:30

本ウェビナーは、パブリック・コンサルテーション(公開アンケート)のポイントを解説し、国内の関心のある人たちが意見を出すための参考となる情報を提供することを目的としています。
 
EUの規制動向がもたらす「ブリュッセル効果」や日本への影響について理解を深める機会としてAI関連技術の開発・提供・流通に関わる企業、研究機関、開発コミュニティの参加者のご参加をお待ちしております。

世界文学を超えて(講演者:William MARX教授)

イベント予定講演会/Lecture

2025年5月8日(木)10:30-12:00

少なくとも19世紀以降、世界文学は現実のものとなった。テキストは大陸や文化を越えて旅をし、あらゆる言語から翻訳され、世界中の大学で教えられ、新たなグローバルな規範を形成している。これほど自由に、どこにいても好きな作品を読むことができる時代はかつてなかった。あるいは、そう思えるかもしれない。しかし、それは本当の自由なのでしょうか?単なる心地よい幻想にすぎないのでしょうか?この一見無限に広がる文学の交流には、どのような境界があるのか。本講演は、その限界を探り、文学への新しいアプローチを提案することを目的とする。それは、まったく新しいテキストの読み方、あるいは、かつて存在し忘れ去られた方法かもしれません。
ようこそ、「世界の図書館」へ!

平等な権利と不平等な現実: 日本における法とジェンダー平等(講演者:Frank UPHAM教授)

イベント予定講演会/Lecture

2025年5月7日(水)10:30-12:00

日本は、同レベルの諸外国と実質的に同じように男女差別を禁止しているにもかかわらず、ジェンダーギャップ指数においては146カ国中118位で、ドイツより111位、アメリカより103位も低い。なぜなのか? 日本の文化は、女性が家でおとなしくしていることを求めているのだろうか? もしそうなら、なぜ女性の大学卒業率は男性より高いのか? なぜ女性の労働参加率は高いのか? 女性たちが雇用差別訴訟を起こし、勝訴するのはなぜか? 本講演ではこれらを考察し、その理由について暫定的な--極めて暫定的な--見解を述べる。


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