反転した世界と矛盾した日常における発見 | 東京カレッジ

反転した世界と矛盾した日常における発見

2020.08.03
TERADA Yuki
寺田 悠紀

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写真の青いタイルの部屋は、イランにあるカスル刑務所ミュージアムで撮影したアート作品です。1929年から刑務所として使われていた建物は2012年にミュージアムとしてオープンし、獄中空間を利用したアート作品が展示されています。人間を社会から隔離する刑務所を、公に開かれた場所として作り替えたこのミュージアムは、訪れる人々に世界が反転したような不思議な感覚を与えています。

コロナ禍でも世界各地において今までの常識が通用しない反転の現象が目撃されています。人間が家にこもって過ごすロックダウン中の街に動物たちが繰り出したり、イタリアやイランの刑務所では感染拡大防止のために一時的に受刑者が釈放されたり、実際の博物館や美術館が閉鎖される中、人々がゲームの中で自分のコレクションを創造したりなど、反転の現象はいくつも見られました。また、オンラインで行われる会議や授業で、私的な空間にいながら会社や学校という社会的な空間に接続されるという状態も、私たちの日常の一部になりつつあります。

さらに私たちは、コロナ禍で沢山の矛盾をはらんだ日常を送っています。公共の場所と家族以外の男性の前では女性にヘジャーブの着用が義務付けられているイランで撮影された写真には、女性の教師がショートパンツ姿で画面に映る上半身だけヘジャーブを身に着けオンライン授業を行っている姿がありました。日本では、オンラインコミュニケーションの増加によって「見せるルームウェア」の需要が増していると言います。ルームウェアという本来外に着ていかない服装をあえて「見せる」ために身に着けるということは、コロナ危機以前の世界ではあまり考えられなかったコンセプトです。

 

新しい価値が生み出される一方で、日本の社会が今すぐにでも解決すべき矛盾も明らかになりました。コロナ危機が始まった当初から、自ら進んで行う「自粛」と頼んで行ってもらう「要請」がセットになった「自粛要請」という言葉が使われてきました。さらには、「3密」を避けるように呼びかけられる反面、満員電車についてはほとんど言及されなかったり、夏休みにかけてなるべく移動を控えるように求められる一方で旅行を推進するキャンペーンが実施されたりと、矛盾による混乱が続いています。

これらは一見コロナ危機によってもたらされたものに見えますが、コロナ以前の世界においても存在していた人間社会の矛盾がより明るみになったとも言えるでしょう。人間が動物を檻に閉じ込め展示してきた動物園、犯罪者を社会から隔離する刑務所、教室で皆が「同じ」であることが求められる学校教育など、現代の世界では当たり前と思われていた社会の仕組みや構造も、本当は以前から、見直されるべき時期が来ていたのではないでしょうか。東京カレッジで昨年行われたイベントの中にも未来を考えるためのヒントが多数隠されていました。コロナ危機以前の講演会を、コロナ危機以降の視点から振り返ってみたいと思います。

 

東京カレッジにおけるコロナ危機以前の講演会

特に印象に残っているイベントは①アイスランド大統領グドゥニ・トルラシウス・ヨハネソン氏による講演会「小さな国の大きな力:国際関係におけるアイスランドの役割」、②アンソニー・レゲット教授による講演会「時間はなぜ逆に流れない?」、③シンポジウム「『人間とは何か?』デジタル革命・ゲノム革命と人類社会を考える」です。

①アイスランド大統領による講演は、軍事力や領土が大きい国家の方が小さい国よりも国際社会で強い立場になるという常識を覆す内容でした。この講演はまた、小さな国だからこそ実現可能な政策や統治の仕方があることを示し、上辺だけの「国力」ではない真の力とは何かについて考えさせられました。アイスランドはコロナ危機においても、小さな国ならではの特徴を活かし、検査を徹底したことで知られており、先月の時点で既に全人口の18%が検査済みという状況になりました。アイスランド政府が管理するコロナ関連情報ウェブサイトにもデータが誰の目にも分かりやすく掲載されています。国家という枠組みだけでなく、企業や商業施設も今までは大きな規模で展開したほうが一般的には「成功」だと思われてきましたが、これまで軽視されがちであった小さなものが持つ力について考えることで新しい発想が生まれるかもしれません。

②アンソニー・レゲット教授による講演会は、私たちが当たり前だと思っている時間の概念について、実はまだまだ分からないことが沢山あるということを示唆しました。レゲット教授は講演で、「部屋に子供を一人で置いておいたら、時間の経過とともに遊具は散乱し部屋は汚くなる」という例を挙げて、不可逆的な現象について説明しました。感染症も同じく、ウイルスは一度発生して感染者が出れば、有効な対策が講じられない限り感染者数は時間と共に増加し続けるばかりです。パンデミックが起こる前の世界に時間が戻せたらどんなに良いかと考える人は多いでしょう。残念ながら時間を戻す方法はまだ開発されていませんが、コロナ危機を契機に「時間は進んでいる」という一般的な理解に疑問を持つことも大切かもしれません。レゲット教授も言うように、時間が進んでいると感じるのはそちらの方向を向いているからで、もし私たちが真逆の方向を向いたら時間は戻っていくと考えられます。世界終末時計というものがありますが、世界の終わりは、また違う何かの始まりにすぎないかもしれません。

③「人間とは何か」を問うシンポジウムは、現在私たちが直面している課題を予見するような内容でした。コロナ危機への対策として、既に始まっていたデジタル革命・ゲノム革命が加速しているからです。非接触型のサービスを提供するために世界各地でロボットの導入やデジタル化が進んでいます。AIやゲノム編集の技術も以前よりも増して求められるでしょう。ますます人間と機械は近い存在になっていくと予想できますが、この急速な変化の波にのまれないためにも、人間とは何かを常に考えていかなければなりません。同様に、人間が地球上で他の生物とどのように関わりながら存在することが望ましいのかについても検討されなければなりません。つい先日、「サルを新型コロナに感染させることに成功」というニュースの見出しがありました。治療薬やワクチンの開発に実験が必要なことは明らかですが、「感染させることに成功」という表現は人間中心主義を思わせるもので、違和感を覚えずにはいられませんでした。

今後も、私たちが日常で感じる小さな矛盾や違和感をそのままにせず、あらゆる側面から検討し、研究活動を続けていきたいと思います。

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