東京カレッジ訪問研究員リポート(1) 木目の達人たち—日本の木工の世界を訪ねて - 東京カレッジ

東京カレッジ訪問研究員リポート(1) 木目の達人たち—日本の木工の世界を訪ねて

2024.05.21
Tokyo College Blog

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Lianara Patricia DREYER(東京カレッジ 訪問研究員)

東京カレッジ訪問研究員として体験できたことをこのブログで語れるのはうれしい限りです。私はドイツのベルリン社会科学研究センター(WZB)の研究員で、工芸、より正確には、工芸部門におけるデジタル技術の活用を研究テーマにしています。工芸にはパン職人や大工の技術も含まれます。なかでも私が深い関心を寄せているのは木工です。ドイツの木工企業は大半の作業を機械で行なっていますが、日本のフィールド調査は、木を感じることがいかに重要であるか、木工職人から繰り返し聞きました。

木を感じるというのは、木材でものを制作できることを意味するだけでなく、木工に打ちこむ姿勢、木材の適切な扱い、ある種の職業倫理をも意味します。私は木を感じたくて日本に来ました。日本は国土の3分の2を森林が占める国であり(林野庁 2022)、木工については長い伝統があります。世界的に知られる多数の神社仏閣は、日本が並外れた森林国であることの証左でしょう。私にとって最も印象深いのは斑鳩の法隆寺で、世界最古級の木造建造物が残っています(奈良県文化・教育・くらし創造部 文化資源活用課 2022)。こうした建造物をつくったのは宮大工で(Mertz 2020; Miller 2016)、日本の木工職人の一グループを成しています。そのほかに茶室や住宅をつくる数寄屋大工、内装の障子づくりなどで知られる建具師と呼ばれる職人もいます。さらに第4のグループとして、指物師と呼ばれる家具職人がいます(Miller 2016)。指物師は釘をいっさい使わずに板を接合させます(東京都 2023)。私はこの技術にたちまち魅了されました。指物の技法はさまざまで、時代によっても違います。江戸指物は17~19世紀に発達し(ibid.)、武家や富裕商人用の家具、歌舞伎役者用の楽屋鏡台が代表的な製品でした(ibid.)。東京地域で発達した江戸指物を東京都は「東京の伝統工芸品」に指定しています(ibid.)。私は伝統工芸のこうした歴史的背景にひかれて、日本でフィールド調査を行なうことにしました。

写真1:釘を使わずに接続されている

日本での調査にあたって、伝統的な木工が今日どのような状況にあるのかを知るために専門家にインタビューし、工房を訪ねました。調査の出発点には、木工は難題に直面している、つまり、ライフスタイルや消費形態が変わって木材製品の需要が減少しているという認識がありました。私が訪ねた木工職人はこの課題に対し、それぞれ違った戦略をとっていました。

今でも指物業を続けている人たちがいます。指物師の茂上豊氏はその一人です(茂上工芸 2018)。今日では大型の指物を買う人は少なくなり、茂上氏は需要の変化に対応し、指物風のアクセサリーや台所用品など日用品の制作を増やしています(茂上工芸 2024)。ここでは必要性が伝統の保持とつながっています。板の接合部をつくるのにノミを使いますが、表面はカンナで仕上げます。茂上氏の息子が家業を継ぐと決めていますので、日常使いの指物というコンセプトは引き継がれることでしょう。

写真2:日本のハンドプレーン "鉋(かんな)"

伝統的な制作技法と併せてジグ(治具)を用いる木工職人もいます。彼らが重視するのは製品のデザインであり、伝統の保持にはそれほど重きをおいていません。こうした木工職人は新しい技法も試しています。注目すべきは、平井健太氏が立ち上げた工房「studio Jig」です(studio Jig 2024)。「studio Jig」は「Free form Lamination」という技術を開発し、吉野杉の板を湾曲させるのに使っています(studio Jig 2017)。この技術によって、ことに軟らかい杉材の強度が増し、家具づくりに適した素材になるのです。平井氏は、「家具の概念や利用されない木材の概念について考えてもらえるようなものをつくりたかった」と話しています(studio Jig 2024)。同氏はこれまでにないものづくりをとおして、適切な技術があれば吉野杉も家具づくりに使えることを証明しています。

写真3:「フリー・オブ・ラミネーション」技法で作られた椅子を手にする平井健太氏

「京都炭山朝倉木工」(以下、「朝倉木工)も工房内で伝統的な製品のさらなる開発に取り組んでいます(朝倉木工 2024)。この工房は伝統的な指物に限定せず、テーブルや椅子、箱物家具をつくっています。また、大きな家具を制作するために新たにアトリエを完成させました。制作過程では、製材の各工程で治具を使っています。そして仕上げはカンナで行ないます。工房代表の朝倉氏は自分の仕事について次のように語っています。「まず、大学で伝統工芸を学びました。卒業後はある会社で木工とモダンデザインを学んだので、現在はその二つを組み合わせたスタイルで工房をやっています。ですから、伝統工芸とモダンデザインがつながっています」。このような制作方法は、機械技術だけに頼る場合より作業時間がかかり、できあがった家具も高価なものになります。それでも、長く使える家具だからと、朝倉木工の顧客はそれだけの対価を払ってくれます。朝倉木工にしてみれば、「だからこそ長もちするデザイン、時代を超えたデザインが必要なのです。重要な点は一つではありません。素材だけではないのです。デザイン、使いやすさ、素材の耐久性、修理のしやすさ。私は全体のバランスを考えています」。

写真4:木工職人・朝倉木工へのインタビュー

新たな挑戦に加え、日本の伝統的な木工技術を保持し、木工の知識を伝えていくこともたいへん重要です。一例として私が出会ったのは、「Mt. Fuji Wood Culture Society まなびの杜」です。このNPOは2020年3月に設立されました(Mt. Fuji Wood Culture Society 2024)。創設者である吉野崇裕氏は指物師から技術を学んだ人で、自分の仕事は森と直接つながっていると自認しています。吉野氏は家族と仲間に支えられて森の中に工房を立ち上げました。1週間から数週間の工芸体験コースを開いていて、日本の指物と道具の基礎を学びたい外国人向けのコースもあります。指物の伝統を守るために、木工の知識を体験コースで教えるだけでなく、工房内研修も行っています。研修生は吉野氏の家族と生活をともにし、工房で道具の使い方を教わります。吉野氏の指導戦略は明白で、扱いが最も難しいカンナの使い方にまず習熟しろ、と言います。そうすれば、その他の作業はどれも容易になるからです。

いろいろな工房があり、違った木工職人がいるということは、木工が日本でどのように変化・発展しつつあるかを示しています。工房を訪ねてわかったことですが、伝統的な技法が保持される一方、新たなものづくりや治具の使用によって根本的な変化も起きています。上記の工房のすべてが伝統工芸の範疇に入るわけではなくとも、各工房はいまでも本来の制作技法を用いています。伝統的な道具を使い、日常生活のなかで木とつながっています。言葉を換えれば、根源的なところで木を感じているのです。

 

参考文献:

Mokkou, Asakura. Fieldnotes of the company visit. 2024.

Cultural Resource Utilization Division, Culture, Education and Creative Living Department of Nara Prefecture. Nara Prefecture. World Heritage Journal. 2022. https://www.pref.nara.jp/secure/253850/WHJ03en_web.pdf.

Forestry Agency of the Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries. Annual Report on Forest and Forestry in Japan. Fiscal Year 2022. 2022.

Mertz, Mechthild. Japanese Wood and Carpentry. Rustic and Refined. Kaiseisha Press. Otsu City. 2020. https://www.kaiseisha-press.ne.jp/img/9784860993672pr.pdf.

Kogei, Mogami. Fieldnotes of the company visit. 2024.

Kogei, Mogami. Website of the Sashimono association. 2018. http://sasimono.ciao.jp/English/about_Mogami/founding.html (letzter Aufruf: 1.05.2024).

Miller, Hugh. Japanese Wood Craftsmanship. 2016. https://www.hughmillerfurniture.co.uk/wp-content/uploads/2016/04/WCMT-Report-Final-Online-v2.6-Spreads-Smallest-File-Size.pdf.

Mt. Fuji Wood Culture Society. Fieldnotes of the company visit. 2024.

Studio Jig. Fieldnotes of the company visit. 2024.

Studio Jig. Website of the company. 2017. https://www.studiojig.com/ (letzter Aufruf 2.05.2024).

Tokyo Metropolitan Government. Traditional Crafts of Tokyo. Edition (4)111. 2023. https://www.dento-tokyo.metro.tokyo.lg.jp/pdf/202307_en.pdf.

 

 

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