紛争・安全保障・人権に関する対話:人類学、帝国およびフィリピン研究の視点からの考察 - 東京カレッジ

紛争・安全保障・人権に関する対話:人類学、帝国およびフィリピン研究の視点からの考察

2022.08.03

東京大学大学院総合文化研究科 「人間の安全保障」プログラム (HSP)と英エセックス大学は2022年7月23日、シンポジウム「人権コロキアム[1]を開催しました。このシンポジウムはエセックス大学と東京大学教養学部・大学院総合文化研究科の研究協力および学生交流のスタートを記念して開催されたわけですが、終日にわたるイベントの中心テーマが紛争と人権、国際法、ジェンダーと移民および身体をめぐる言説の各分野における人間の安全保障に関するグローバルな今日的課題であったことはさらに重要です。国連人間の安全保障ユニット(2009, 6)は、「人間の安全保障」とは「すべての人間の生にとってかけがえのない中枢部分を人間の自由と人間の自己実現を高める形で守っていく」パラダイムであると定義しています。つまり、人間の安全保障の視点を通じて、国家ならびに組織は人びとの「生存、生活および尊厳」への「基本的自由」(ibid.)を促進し、守るべきなのです。

東京カレッジでは学究と協働の機会が数多くあることに加え、ベストプラクティスのひとつとしてポストドクトラル・フェローとメンターとの学内ペア制度があります。私のメンターは東京大学大学院総合文化研究科 「人間の安全保障」プログラムのキハラハント愛教授で、本コロキアムをはじめとする交流を率いるほか、国連システム学術評議会セクレタリーも務めています。私がHSP初の外国人修了生のひとりとして修士号を取得した際の指導教官は山下晋司名誉教授(瑞宝中綬章受賞者)でした。それから10年余りが経ち、キハラハント教授の招きにより、HSP主催のイベントでコロキアムのオープニング・パネル「紛争・安全保障・人権」のコメンテータを務めることを光栄に思います。

このブログ記事では、今回開催された人権に関する学際会議でフィリピンの人類学者としてコメントした3つの発表に関する考察を共有します。これは東京カレッジの研究テーマ「生・命(いのち)の未来」にも寄与するものになるかと思います。帝国、知識生産および人権に言及する発表へのコメントは、上述の定義で示される幅広い人間の安全保障のテーマにあてはまるだけでなく、東京カレッジの研究者が重視する学際テーマのいくつかとも密接に関連しています。

 

人間の安全保障に関する3つの学際的対話

ハン・ドルッセン教授(エセックス大学政治学部)は「平和維持活動に対するローカルな認識」と題する発表の中で、平和維持活動に対する現地の支持は一般に高い水準にあることを示しました。例えば、東ティモールでの調査によれば、国連は東ティモールの独立を助けたとの意見に回答者の74%が同意していました。一方で、こうしたミッションには問題が山積していたので、13年後に最終的に撤退した際には嬉しかったとの意見に同意した回答者も70%にのぼりました(Dorussen and de Vooght 2022)。こうした調査によって「平和を維持される側」がミッションは圧倒的に有効かつ有益であったとみているという主張はどこまで正確なのでしょうか? 12のミッションにわたる精鋭7万6000人から成る平和維持活動についてどう考えたらよいのでしょうか?ドルッセン教授によれば、平和維持部隊は現地に受容されているように見受けられる一方、ミッション現場では「取引的セックス」が発生し、平和維持部隊の高圧的姿勢により虐待などが生じていることが判明しました。ドルッセン教授は、現地住民が自らの地域社会で活動するミッションを受容していると描く、平和維持活動へのきわめて肯定的なイメージが生産されていることに留意しました。しかし、平和維持活動の現場を訪れたことのない他国の人びとには、こうしたイメージは現実に合致しているのかどうか疑問が残ります。

  ドルッセン教授の平和維持活動に関する発表から、人類学者ロバート・ルビンスタインが自著 (2010)で平和維持活動を「帝国的警察行動」になぞらえていることが想起されます。ルビンスタインの平和維持活動に関する批判的著作を取り上げるのは、なんのための調査かを問うこともできるからです。(平和維持活動および関連した課題についての)調査は誰の利益にかない、誰の利益を守るのでしょうか?平和維持に関する言説ならびに調査の評価はどのような有効性モデルに基づいているのでしょうか?ルビンスタインは、「平和維持活動はますます外部委託されており、国家利益を促進し、グッドガバナンスという新自由主義的概念を広めるために利用されている」(458)と述べています。そして「国連平和維持活動の非公式ドクトリン」が1948年から現在にかけて発展してきた(459)と主張しています。ルビンスタインによれば、このドクトリンは「介入する大国の利益に一義的関心」がありました。平和維持活動は最終的に、「社会のあるべき構造について新自由主義的、市場志向的で、かつ個人にもとづく特定の理解」(465)を支持する権威になったと主張しています。

平和維持活動の圧倒的に肯定的な支持を示す調査結果について考えるうえで有効となり得るルビンスタインの興味深いもうひとつの業績は、境界を超越する活動である「文化的転位」という人類学的概念を用いて平和維持活動を分析している点です。例えば、祭りやカーニバルの参加者は、日常の行為とは異なる形で演じ、着飾り、話し、振る舞います。ルビンスタインは、平和維持活動は文化的転位をすると主張します。例えば、伝統的な軍事作戦において、主権のある領土に外国軍隊は存在するべきでないとの前提があります。この前提は、国際介入を常態化する平和維持活動によって覆ります。平和維持活動のロジックでは、特定のミッションでまとまった諸国は、類似した目標の中で活動する限りにおいて、主権のある領土に軍隊を派遣します。また、軍隊は民間人に接触しないことになっています。平和維持活動はこれを転位させており、民間人との密度の濃い相互作用と平和構築に向けた市民組織との協力は平和維持活動の土台となるのです。

こうした平和維持活動による文化的転位のさなかには「混乱が支配します」(Rubenstein, 464)。しかし、ルビンスタインによれば、文化的転位によって現地に混乱を引き起こすにもかかわらず、平和維持活動は「幅広い国際的合意にしたがって」行動する組織として紛争国へと赴くのです。こうした分析を踏まえると、次の問いが可能となります。外国からの援助が善意の形だけでなく、国際的に支持された介入もパッケージで含まれている場合、開発活動に対する現地の評価にどのような変化が生じるでしょうか?

 

パネルの2番目は、小川浩之教授(東京大学大学院総合文化研究科)による「アパルトヘイト時代における英国と南アフリカ間の安全保障関係」と題する発表でした。中心的課題は、1975年に終了したサイモンズタウン協定を通じた英国および南アフリカ間の安全保障関係史でした。南アフリカはフィリピンの人類学者である私の専門領域とは地理的に非常に離れていますが、旧植民地で展開する安全保障協定ならびに不平等な権力関係には個人的な関心を抱いています。というのも、フィリピンも植民地化が繰り返されており、重複する植民地性がもたらす根強い影響と闘い続けているからです。

小川教授はアパルトヘイト時代に激しい論議を呼んだもうひとつの安全保障課題、すなわち英国本国の政党間を二分した南アフリカへの武器輸出についても論じています。武器輸出はアパルトヘイト時代における英国と南アフリカ間の対話においてきわめて重要でした。白人少数支配体制を守るために実質的に武器が不可欠であった南アフリカにとって英国は主な武器提供者だったからです。他方、南アフリカの解放運動を支援する近隣諸国は武器禁輸の影響を受けました。

小川教授によれば、英国政府がサイモンズタウン協定にもとづく海軍協力を失効させた理由のひとつは、この地域から英国軍を撤退させるとの公約であり、もうひとつは軍事協力によって促進されたアパルトヘイト体制への加担に対する各国からの批判でした。小川教授の発表や関連文献から、サイモンズタウン協定の終結によって海軍基地の使用に関する二国間協定は終焉を迎えたものの、英国戦艦は基地の施設を利用し続けたことが最も印象に残りました。小川教授は、協定終結の目的は新植民地主義と英国のアパルトヘイト体制加担に関する国内外の懸念を払拭することにあったが、この「調整」は表層的なものであり、英国の地政学的利益が働き続けたと主張します。サイモンズタウン協定の終結によって、事実上、英国は圧力と植民地化への罪の意識から解き放たれる一方、地域におけるプレゼンスを残したまま、経済および貿易上の利益を守り続け、費用を大幅に節約しながら相変わらずサイモンズタウン基地へ自由にアクセスできることで資源を収奪し続けたのです。小川教授によれば、協定の終結は武器禁輸と関連しています。というのも、基地経由で入ってくる軍装備品はなぜか「武器」と分類されなかったからです。つまり、大英帝国のみが禁輸中も武装し、自衛することができたのです。

この英国・南アフリカ関係史の断片は、フィリピンのような植民地化された多くの国と関係づけることができます。フィリピンでは、米国の太平洋地域における帝国的権益を守るために米国海軍基地が複数の港湾に建設されました。フィリピン議会は米国基地の違憲性について採決し、1991年には最後の米軍基地が撤収しました。しかし、訪問米軍に関する地位協定といった二国間安全保障協力条約を通じ、米軍による訓練はフィリピンの地で行われ続けたのです。敢えて言うならば「帝国的慣習」のように見受けられ、植民地的構造を部分的に取り除くものの、後になってこれを他の様式で再び導入して帝国的権益に寄与し続けるにすぎないのです。

小川教授の発表で言及されたテーマから、フランツ・ファノンの著作(2004)『地に呪われたる者』で植民地の世界を「分割された世界」と表現した言葉を想起します。こうした分割のシステムを検討することで、根底にある「力づくの境界」が明らかになるといいます。ファノンによれば、こうした分割化は非植民地化された社会が再組織されるうえでの基礎となります。これを南アフリカに当てはめて可視化すると、二つに断ち切られた世界は支配者たる少数白人とその他の人々から成ると理解できます。ファノンにとって、こうした二つの世界を横断するのは、一方の側を守り、もう一方の側(植民地化された側)を見張る治安部隊です。海軍基地のような軍事施設が興味深いのは、こうした守られている世界の周縁、海岸および境界について考えざるを得ないからです。海岸およびにこれに根差す植民地化以降長きにわたって存続し続ける施設、そこに寄港する船舶、そして締結され、後に打ち切られた関連協定からは、永続する帝国の経済的、軍事的および政治的利益を想起せざるをえません。小川教授の発表要旨には、協定が終結した際に「一部シニカル」なプレカリティの精神があったと書かれています。おそらく持続的なプレカリティ化は、植民地時代の遺産である人種で分割された世界を維持ための新植民地主義的政治戦略なのです。

 

最終パネリストとして三番目に登壇したのは阿古智子教授(東京大学大学院総合文化研究科)で「香港の安全保障と人権」と題する発表が行なわれました。阿古教授の発表や近年の報道からも知られているとおり、香港では若者主導の大衆抗議活動が多数起こっており、そのなかには雨傘運動や2019年の民主化を求める運動(香港人容疑者を中国本土で裁判にかけられるようにする逃亡犯条例改正案が提案されたことに端を発する抗議行動)があります。同改正案は香港で大規模な抗議活動を引き起こしましたが、警察はこれにたいして催涙弾や激しい暴力で対応しました。一年後に、香港国家安全維持法が成立しました。阿古教授の発表から、香港の政治生活を形作るようになっている香港国家安全維持法(国安法)について多くのことを学びました。国安法は、香港が安全保障に関する規定を独自に制定できることになっている「一国二制度」を崩すものです。香港の抗議活動の報道は中国本土では厳重なフィルターにかけられおり、不服従と暴力性の描写に焦点が絞られ、視聴者に対し香港を封じ込める必要があることを訴えています。しかし、阿古教授によれば、このような状況のなかで、香港や東京では独立系のメディアおよび活動家が生まれ、発言し、行動につながるオルタナティブなプラットフォームを提供しています。

「安全保障」の視点で見ると、2020年以降香港で起きていることは、言論の自由ならびに表現の自由にたいする権利といった人々の自由への弾圧です。香港において習近平国家主席の指導下で行われている中国の地政学的事業について多くを学ぶことは国際社会にとって興味深いにちがいありません。とりわけ、アジアの貧しい国々は中国の債務の罠にはまっているのですから(スリランカのハンバントタ港の例やスカボロー礁など)。

フィリピン人移民を研究対象とする人類学者として、私は、中国および香港双方の移住労働者に対し国安法が及ぼす影響、余波について興味がわきます。阿古教授の発表に大きな関心を抱く理由のひとつには、香港にはおよそ13万人のフィリピン人労働者がおり、その大半は家事労働産業の女性が占めているからです。香港だけでなく、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領の流血政権が終わったばかりで、かつての独裁者の子息フェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領の新政権下において香港などの外国に移住労働者を送り続けているフィリピンなど、アジアの人権状況に着目することが重要です。中国本土は、フィリピン人移民の比較的新しい目的地です。私は中国におけるフィリピン人移民教員に関する調査を行い、虐待や搾取を受けやすい不確かな契約のもとで働く移住労働者がきわめて不安定な状況に置かれていることを明らかにしました。ドゥテルテ前政権は2018年、中国政府との間で中国による投資・借款および中国本土におけるフィリピン人の雇用について二国間協定を結び、フィリピンの「米国との決別」と中国が新たに「兄」となったと発表しました(Kabiling 2018)。

阿古教授の香港研究は、領有権の主張、中国本土と香港における反対意見の弾圧、不安定な契約を通じた外国人労働者の搾取といった中国共産党の相互に関連するプロジェクトについて理解するうえできわめて重要です。こうしたプロジェクトはすべて、市民および移民プレカリアートの声を抑える恐怖の高まりを背景に行なわれており、アジアにおける中国のプレゼンスと支配的立場を強化するものです。例えば、西フィリピン海における軍事インフラの建設、ハンバントタ港、その他、拡大する体制を支えるために必要な中国の新たな軍地基地の構築などがその証左です。

 

(会議後)追記

人権コロキアムへの招待状では、グローバルな不平等が拡大し続けており、パンデミックによりさらに悪化している中、シンポジウムで交わされた対話に関連した適切な問いが投げかけられています。すなわち、「人権保護にグローバルな『逆行』はみられるのか?」と「人権の責務履行者はさまざまな環境および事情の中でどんな課題に直面しているのか?」です。また、女性と子どもに大きな影響を及ぼす紛争や暴力が続くなか、人権を守る取り組みはすでに困難な状況にあるとも述べられています。主催者は、こうした課題のなかで、私たちは互いに関わり合いながら解決策を模索し続けなければならないと語りかけます。学術界はこうした対話を主催する重要な場ですが、資金や名声を利用できる機関として特権的な場でもあります。「生・命(いのち)の未来」という大きなテーマの中で、人権について語り、その他の緊急課題について対話を続けるとともに、私たちの視点を深めてくれるコミュニティのメンバーの存在や彼ら彼女らの現場での行動や視点に注目し続けていく必要があるのです。

 

参考文献:

Dorussen, Han, and Marian de Vooght. 2022. “The Local Perception of Peacekeepers.” In The Handbook of Peacekeeping and International Relations, edited by Han Dorussen. Edward Elgar.

Human Security Unit. 2009. “Human Security in Theory and Practice.” New York: Office for the Coordination of Humanitarian Affairs, United Nations. https://www.unocha.org/sites/dms/HSU/Publications%20and%20Products/Human%20Security%20Tools/Human%20Security%20in%20Theory%20and%20Practice%20English.pdf

Fanon, Frantz. 2004. The Wretched of the Earth. Translated by Richard Philcox. New York: Grove Press. https://www.worldcat.org/title/wretched-of-the-earth-frantz-fanon/oclc/475112468&referer=brief_results.

Kabiling, Genalyn. 2018. “Duterte Pushes for ‘Big Brother Principle’ in Fostering ‘Inclusive Globalization.’” Manila Bulletin, November 18, 2018. https://news.mb.com.ph/2018/11/18/duterte-pushes-for-big-brother-principle-in-fostering-inclusive-globalization/.

Rubinstein, Robert A. 2010. “Peacekeeping and the Return of Imperial Policing.” International Peacekeeping 17 (4): 457–70. https://doi.org/10.1080/13533312.2010.516652.

 

[1] 同イベントは、持続的平和研究センター (RCSP)、東京大学国際法研修研究ハブ(UOTIL HUB)、東京大学大学院総合文化研究科・教養学部付属国際交流センターの共催で行なわれた。

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