日本とアジアにおける新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策の歴史的文脈(2) | 東京カレッジ

日本とアジアにおける新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策の歴史的文脈(2)

2020.06.11
Andrew GORDON
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前回の投稿では、日常の生活様式の歴史、なかでも、アジア全般、とりわけ日本が際立つマスク着用の歴史について考察した。マスク着用の習慣は、日本をはじめアジア諸国で新型コロナウイルスの感染拡大が比較的抑えられたことを説明する手掛かりになるだろう。今回は、他の国々と比べて日本に特有と思われる国家政策の歴史的淵源を探る。筆者は本稿を書き始めた5月初旬、そうした政策は日本特有のものだと考えていたが、日本政府が発令した比較的「緩やかな」緊急事態宣言で、人と人との接触機会を8割減らすという目標が達成されるとは思わなかった。「ビッグデータ」解析に基づく各種の推定によれば、実際、8割削減には届かなかったようである。とはいえ、緩やかな緊急事態宣言で人と人の接触は大幅に減った。

 

歴史的に形成された国家政策

 日本のみならず世界中の多数のメディアや識者が、日本の緩やかな緊急事態宣言の特異性を強調している。緊急事態宣言は法律に基づいて発令された。しかし、この法律のもとでとられる緊急事態措置は、飲食店やバー、その他多くの職場に対して休業を要請・指示し、新型コロナ感染拡大リスクのある、人と人の接触を抑制するというものであった。命令ではなく、罰金や逮捕など罰則もない。これが、アジア、欧州、北米のほとんどすべての主要国とは大きく異なる点である。このような政策はどこから生まれるのか。

 「緩やかな」緊急事態宣言の発令は、日本政府の過去の感染症対策とは異なる。明治時代はコレラが大きな問題だった。政府はコレラの流行に対して強制隔離措置をとった。歴史学者バラク・クシュナーが最近の論文で説明するように、1877年には一連のコレラ予防関連の法律を定めた。これらの法律により、検査、隔離、患者の居住地の消毒を行う権限が警察に付与された。また、明治時代後半から第2次世界大戦後も数十年にわたって、日本政府はハンセン病患者を強制隔離する厳しい措置をとった。1907年に制定された「癩予防ニ関スル件」は、患者を診断した医師に行政官庁への届け出を義務づけ、指定された療養所(多くは辺鄙なところに立地)に患者を入所させる権限を警察に与えた。ハンセン病関連法は、医学が進歩してハンセン病の治療が可能となってからも数十年間存続した。1996年に隔離政策が廃止されるまで、ハンセン病にはひどい汚名がつきまとった[1]

 したがって、日本政府が新型コロナ対策として発令した比較的緩やかな緊急事態宣言は、アジア(中国、韓国、シンガポール)や欧州諸国、アメリカにおけるより厳しい制限措置と異なるだけでなく、コレラや、もっと近年ではハンセン病に対する日本の過去の対応とも異なるものであった。

 日本が異例の対応策をとった理由としてよく言われるのは、戦後民主主義が深く根づき、国家は個人の自由を制限する厳しい措置をとれないというものだ。筆者が思うに、これはストーリーの一端でしかない。考えてみれば、フランスやイギリス、アメリカなどは警察権を背景に、日本よりはるかに厳しい制限措置を国民に強いたが、これらの国には個人の自由を守ってきた長く深い歴史がある。一方、日本は厳しいハンセン病対策を戦後も長く続けてきた。

 日本の対応は、個人の自由を国家が制約するなら抵抗するという自由主義に根差したものだけであるとは言い切れない。明治以降、国家と社会の関係に説得という手法が用いられたことも背景にあると考える。この慣行は、厳重なコレラ・ハンセン病対策と切り離しながら、同時に並行して進められていった。戦前戦中は、感染症対策とは別の社会的目的で採用されることが多かった。

 プリンストン大学の歴史学者で友人のシェルドン・ガロンは、この慣行を「教化」と呼んでいる。教化の根幹には、教育や啓発に関する仏教や儒教の考え方がある。「教化」という言葉は明治時代から1920年代に渡って用いられた。その後、同じ意味合いをもつ言葉として、特に戦時中は「動員」、戦後は「運動」が使われた。ガロンによれば、教化は、国家やさまざまな社会団体は大衆を啓発して動員できる、望ましい行動をとるよう大衆を説得できるという考え方に基づく。

 特に1920年代から1980年代にかけて、貯蓄の奨励、消費の抑制、「国産」製品の購入、都市近郊や農村における蚊やハエの駆除による衛生向上、さらには科学的な「良妻賢母」教育のために、政府は法的強制力を行使することなく国民を動員したり、各種の運動を促したりした。貯蓄運動は1990年代まで続いた。1970年代の石油危機の際や、2011年3月11日に発生した東日本大震災への対応に際して自発的な省エネが呼びかけられたが、そこにも強制ではなく教化が見てとれる。

 ガロンが自著(特に『Molding Japanese Minds』)で述べているが、そうした国民運動の基盤は、国家から隣近所にまで及ぶ半官的な団体を組み込んだ巧妙な社会インフラにあった。例を挙げれば婦人会、在郷軍人会、産業組合、青年団、貯蓄組合、町内会などだ。国民の行動を変えたい時、政府は雑誌やポスターなどの媒体を利用した。しかしながら最も重要なのは、国の役人が上記の民間団体と手を組んで、貯蓄や時間厳守、「国産」製品の購入、消費の抑制に努めるよう国民を説得したことである[2]。こうした団体の多くはもう存在しないか、同じ形態では存在していない。一方、戦後に生まれて重要な役割を果たすようになった団体もある。PTA、各種NPO、ロータリークラブやライオンズクラブなどの市民団体などである。肝心なポイントは、接触機会の削減に協力してほしいという「要請」はメディアを通して国民に伝えられたが、それだけではなかったということだ。数多くの仲介団体からそれらの会員に伝達されたのである。

 こうしたインフラは国家が社会と経済に介入する手段になっており、それには、「行政指導」という日本の長年の慣行に由来する側面もある。行政指導の展開は教化の歴史と並行する。教化は国家と社会団体を結びつけ、行政指導は国家と経済団体を結びつける。国家と社会の関係におけるこれら2つの側面は、コインの裏表である。新型コロナへの対応においても両方が見られた。1920年代から1970年代までの行政指導の歴史を叙述した政治学の英語による古典は、チャルマーズ・ジョンソンの『MITI and the Japanese Miracle』(1982年、邦訳『通産省と日本の奇跡』)である。この著作については刊行以来、高度経済成長の数十年間に国が産業界の意思決定や慣行を指導しようとしたことの効果を過大視していると論評されたり、国家の経済への介入はこの数十年間でずいぶん目立たなくなったと指摘されたりしている。しかし、新型コロナ対策における関係省庁と業界団体の協調は実に見事なものであった。5月14日、政府は経済活動を段階的に再開する方針を示し、「業種別ガイドラインについて」を公表した。このリストには81の業界団体について業種、団体名、担当省庁名、ガイドライン掲載URLが記されている。そのような業界団体が存在することは何ら不思議ではないし、日本に限ったことでもない。例えば、「業種別ガイドライン」72番目の「一般社団法人 日本倉庫協会」と同じようなAmerican Warehouse Associationが米国にもある。だが、米国の業界団体の国家との関係は、日本ほど親密ではないようだ。経済活動再開の方針が示される以前は、これら日本の業界団体は関係省庁からの休業要請や休業指導を同じく一斉に伝えていた。経済活動再開に向けてこうした詳細なガイドラインが綿密な調整を経て作成され、緊急事態宣言解除の1週間前に公表できるということは、日本に「行政指導」が健在であることを示している。

 日本政府が4月初めに緩やかな「緊急事態宣言」を発令した時、筆者は、強制ではなく説得による措置が功を奏するほど教化や行政指導の社会・経済インフラがいまだに存続しているとは思っていなかった。しかし、これまでの状況を見る限り、新型コロナ危機はもちろんまだ収束していないが、日本には国民を説得する有効な構造が今もあり、ソーシャルメディアを通して説得する新たな仕組みも備えている。勝利宣言をするには早すぎるし、SNSによる誹謗中傷という問題も確かに起きている。とはいえ、日本をはじめアジア諸国のさまざまなアプローチが、新型コロナ対策としてかなり成功していることは注目に値する。アジアの経験から引き出せる多様なモデルや教訓があるように思われる。ベストプラクティスは1つとは限らない。

 

[1] Barak Kushner, “Japan’s dark history with emergencies” in Nikkei Asian Review, April 20-26.

[2] Sheldon Garon, Molding Japanese Minds (Princeton University Press, 1997).

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