緊急時に科学が社会と協働する方法-より良い政策立案のための科学的アドバイス- | 東京カレッジ

緊急時に科学が社会と協働する方法-より良い政策立案のための科学的アドバイス-

2020.06.20
OHTAKE Satoru
大竹 暁

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これまでの2つのブログ記事では、緊急時に社会に対して科学がなし得ることについて2つの方法を紹介しました。1つは、緊急時に何が起こっているかについて合理的な説明や科学的観点から説明することです。もう一つは、科学的研究を通じて社会問題の解決に挑戦することです。

今回は、科学者が政策立案者に科学的助言を提供するために何ができるかと言うもう1つの機能を紹介します。

科学と政策の関係は、20世紀に科学が公的な財源によって支えられるようになってきたときに始まりました。科学者たちは、研究活動の意味を説明し、国民の支持を得る必要がありました。これは科学のための政策と言えます。つまり、科学の研究活動を促進する目的で政策を立案するという、科学政策として普通に理解される方法です。

第二次世界大戦後、政策立案者への科学助言者の役割は、米国と英国で登場しました。助言者の主な義務は、もともと科学の研究活動を促進するためにより良い政策を作るために働くことでした。

21世紀に向けて、科学と政策の関係は徐々に変化してきました。政策の立案は、さまざまな考慮すべき要素を持つ複雑なものとなりました。政策立案者にとって、説得力のある事実に基づいてより良い政策を作ることが重要となってきました。科学は、信頼できる事実を提供する強力な手段の1つと期待されています。この関係は政策のための科学と呼ばれ、今日では「論拠に基づく政策立案」に繋がっていきました。英国では、この変化は90年代に起こった事件に発端があります。 1986年に牛海綿状脳症(BSE)、より一般的には狂牛病として知られる牛の病気が最初に発見されたのは英国です。当初、特に英国では、BSEが牛から他の生物種、より具体的には人に感染しないだろうと認識されていました。当時の英国の科学者たちは、狂牛病の牛から牛肉の一部を摂取することでBSEに感染するリスクの可能性については警告していませんでした。 90年代半ばから、クロイツフェルトヤコブ病の患者の中で、牛肉の摂取により感染したと思われる疑わしい症例が見つかりました。今日、それは「変異姓クロイツフェルトヤコブ病」として知られており、狂牛病を患った牛の脳の異常プリオンと呼ばれる特定のタンパク質が原因となる可能性があるとされています。

この事件は英国の科学と科学の助言に強い衝撃を与えました。英国政府は、ガイドラインとしての「政府への科学的助言の原則」の制定や緊急事態のための科学的諮問グループ(SAGE)の創設など、科学的助言メカニズムの改善に多大な努力を払いました。

2010年に制定された「原則」は、科学顧問の明確な役割と責任、独立性と透明性、および公明性、ならびに適用方法を提供します。この原則の典型的な特徴は、例えば科学的アドバイザーの政治的干渉からの独立、特に政策決定が科学的助言と一致しない場合にその理由を公に説明する政府の義務、および相互信頼を構築するために政府と科学顧問の両方に努力を求めること、等です。 この原則は、政府における科学的助言の特徴を簡単かつ明確に説明するものであり、米国の科学技術助言機構または日本学術会議の「科学者のための行動規範」の改訂に影響を与えました。SAGEは、特定の事象に際して、政府の行動を助言するために、英国政府の主席科学顧問と各省の科学顧問によって設立される実務的な組織です。この組織はエボラ出血熱やジカ熱の発生、日本の原子力事故、火山灰の緊急事態などで組織され、効果を発揮しました。

英国はこれまで、世界の科学的助言のシステムを先導してきました。

さて、COVID-19に関して世界の科科学的助言のシステムで何が起こったでしょうか。米国連邦政府の国務長官の元科学顧問であるウィリアム・コルグレイザー博士は、COVID-19の場合、概して英国を含む各国および国際的に、科学と政策の連携には、初期段階の破局的な失敗があったと指摘しました。彼は、WHOを通じた適切な情報共有の欠如、初期の感染検査が少なすぎたと述べています。間違いは至る所で起こり、誤った情報は一部の指導者によってメディアを通じて発表されたとし、すべての政府が一斉に適切な行動をとっていれば、その影響ははるかに小さかっただろうと述べています。

確かに、COVID-19のような未知の出来事に直面する科学的助言は非常に困難です。政策立案者は、たとえば予防策や社会的行動の実行など、事態にたいして行動を起こすため、専門家、つまり科学者や科学界に時宜を得て、適切な助言を求めます。科学者は、それまでに蓄積されたすべての知識を利用して、対策を提供するための選択肢を考える必要があります。COVID-19に関しては、ウイルスの機序、その効果と影響について不明確な要素があまりに多すぎ、科学者は実効的な助言を考えるのは大変困難でした。助言は、各助言者が焦点を当てたウイルスの機能に依存していたため、国ごとに異なりました。専門家は、既知のコロナウイルスまたは類似の感染症を調査して、COVID-19の特徴、つまり感染力、集団免疫、ウイルスによって引き起こされる疾患に対する可能な治療などを推定し、これらの知識に基づいて助言を行いました。多くの要素がまだ不詳で不明確な状況下で、いくつかの助言は効果的ではありませんでした。流行の初期段階の英国と、スウェーデンは、公衆の集団免疫の獲得を追求しました。残念ながら、彼らの政策はパンデミック(爆発的感染)や多数の犠牲者をもたらしたようです。たとえば、これまでのところ、COVID-19に対する抗体を持つ人々の割合は、スウェーデンでは約7.3%、日本ではまだ0.1%です。

COVID-19の場合、公衆が集団免疫を得ることは容易ではなく、今ではCOVID-19は、肺炎だけでなく、サイトカインストーム、血栓症、それに続く全身症状などを通じて、致命的な影響を人間に与えることが知られるようになってきました。

しかし、誰が、効果的な助言が出来なかった助言者や専門家を非難することができるでしょうか?

あらゆる助言者や専門家は、パンデミックを回避し、科学的知識で人々の生命を救うため、間違いなく真剣に助言しました。これらのプロセスは非難されるべきではありません。ただし、第一に、科学者と専門家は助言の前提条件と制約を明確に示す必要があります。第二に、新しい知識が得られたとき、彼らはそれまでの助言に固執するべきではなく、より適切な助言をするために柔軟でなければなりません。第三に、助言を変更しなければならなかった理由を正直に説明すべきです。もちろん、彼らの助言の有効性は重要ですが、社会と科学の健全な関係を維持するためには、状況にどれだけ真剣にそして誠実に対処するかがより重要です。

スウェーデンでは、COVID-19事件の責任者である免疫学者のAnders Tegnell博士が、対策とその理由を頻繁かつ正直に説明しました。約60%のスウェーデンの人々が彼の説明や行動を信頼しています。英国では、政府の科学局がパンデミックの終了後にCOVID-19に関する科学的助言を公開するとしています。これは、将来、助言のプロセスを検討する上で非常に重要です。

iPS細胞の第一人者である京都大学の山中伸弥教授は、科学者はCOVID-19に対して謙虚でなければならない、と繰り返し発言しています。ほとんどの国の科学顧問や専門家は適切に行動しています。社会と科学の健全な関係は、その間の「信頼」の上に築かれます。 「信頼」を実現するために、科学者と科学コミュニティは公衆に正直でなければなりません。 Roger A. Pielke教授は、著書 『Honest Broker』の中で、科学者はより適切な意思決定のために政策立案者に幅広い選択肢を提供するために正直な仲介者である必要があると述べています。

しかし、健全な関係は科学者だけが実現しているわけではありません。社会、特に政策立案者の態度も、健全な関係を構築するための鍵です。先に述べたとおり、英国の「政府への科学的助言の原則」は、科学的助言が重要であるが、それでも政策決定の要素の1つであることを明確に示しています。 また、「原則」は、決定が科学的助言と一致しない場合、政府が政策決定の理由を公に説明することを求めています。

日本ではCOVID-19に関して、日本のCOVID-19事件に関して、専門家の助言がその権限を超えたのではないか、言い換えれば、彼らは専門知識を超えて政策決定に余りにも多くの助言を提供したのではないかという議論が起こっています。同時に、政策立案者は専門家の見解を利用して責任を回避しているのではないかという批判もあります。日本では英国の原則で述べているような共通の理解が確立されておらず、残念ながら社会と科学の関係が未熟であるため、このような議論がなされている面があります。

COVID-19は今なお進行中であり、すべての人間が今なお直面している巨大な災害です。多くの貴重な命が失われ、これらの犠牲者が無駄にされることは許されません。社会と科学の健全な関係を構築し、より良い科学的助言を政策立案に実現するという観点から、経験の最大限の活用は避けられません。科学は事実と真実を解明するための論理的な活動ですが、科学的な助言や政策のための科学は、ベストプラクティスの問題です。今日の良い助言は、明日はもう効果がないかもしれません。事実や出来事のすべての経験、データ、記録は、より良い政策決定のためのより良い助言を生み出すために非常に貴重です。

ビッグデータ時代にCOVID-19のメカニズムを解明し、医薬品やワクチンを作ることと、将来の政策に備えるためには、データが重要です。

 

3つのブログを通して、社会と科学の間の相互作用の3つの異なる方法を紹介しました。第一に、情報の差別および社会問題に関する説明。第二に、社会問題の緩和のための対策の作成。第三に、より良い政策立案のための科学的助言。これらの活動を通じて、科学は社会に貢献し、社会と科学の間の信頼を築くことができます。このような科学と社会との関係は、健康で幸せな状況です。

COVID-19は、人間が将来直面する可能性のある多くの出来事のうちのほんの1つにすぎません。世界は国家間の相互依存関係の進展ととともに発展するため、グローバリゼーションは好むと好まざるとにかかわらず拡大するでしょう。世界は物理的、仮想的に相互つながります。世界には多くの人獣共通感染症が存在するため、強力な感染力または深刻な影響力を持つ新しいウイルスは確率的に変異し、いつでもグローバル化した世界を拡大する可能性があります。サイバースペースの障害は、ネットワークを通じて世界を麻痺させる可能性があります。偽の情報は「情報の爆発的感染」を起こし社会に混乱させるかもしれません。それらは将来起こりえることであり、社会は将来の出来事を想起して準備し、対応方法を検討する必要があります。科学と科学者はこの準備に重要な役割を果たします。

 

社会と科学の間の信頼構築は「社会なくして、科学はなし」に基づいています。

 

(References)

E. William Colglazier: Response to the COVID-19 Pandemic: Catastrophic Failure of the Science-Policy Interface, 9th April 2020, AAAS Science and Diplomacy http://www.sciencediplomacy.org/

David Adam: UK’s coronavirus science advice won’t be published until pandemic ends, 17 April 2020, New Scientist

The Honest Broker: Making Sense of Science in Policy and Politics  Roger A. Pielke, Jr (University of Colorado, Boulder) 2007 Cambridge University Press

神里達博:専門家によるデータ公開-「科学を装った政治」を防ぐ(2020年5月22日朝日新聞)

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