普遍的価値と新型コロナ危機後の世界 | 東京カレッジ

普遍的価値と新型コロナ危機後の世界

2020.05.27

新型コロナウイルス感染が拡大している中、まず打撃を受けるのは、言うまでもなく、経済分野である。このまま、グローバル化が後退するのではないかという声も囁かれている。完全な収束の目処が立たなければ、世界の構造や秩序も大きく変わるかもしれない。或いは、キシンジャー博士が2020年4月3日に『Wall Street journal』で発表した論説“The Coronavirus Pandemic Will Forever Alter the World Order”で論じたように、世界は永遠に変わるのである。

 

1.価値観の変化
 戦後70年も過ぎた今日の世界は、いろいろな体制の国家によって構成されている。バリントン・ムーア氏は『独裁と民主政治の社会的起源』(1966年)において、近代化の視点から世界を、(1)ブルジョワ革命型(イギリス、フランス、アメリカ)、(2)上からの革命型(ドイツ、日本)、(3)共産主義革命型(ソ連、中国)の三つに分類した。しかし、半世紀が経った今、市場経済を取り入れた今の中国は旧ソ連と同じ共産主義型であるかは、改めて問うまでもないだろう。
 羽田正氏は『グローバル化と世界史』(東京大学出版会、2018年)において、現在の世界の状況をより深く理解するために、1700年、1800年、1900年、1960年の4枚の見取り図を描くことで過去300年余りの世界の特徴と変化を解説した。そのうち、「1960年の世界」では、「アメリカ合衆国をリーダとする自由主義陣営、ソ連を中心とする社会主義陣営、そのいずれにも属さない中立国家群である」(同書245頁)と、国家群を三つのグループに分けた。また、自由主義と社会主義の二つの陣営は、「どちらの陣営もが同じ方向を目指していたと言えるだろう。その根底には、人類社会は『普遍』的であるはずだとの考え方が強く根付いていた」(同書246頁)と指摘した。
 羽田氏の分類を参考に、見方を変えれば、2020年現在の世界を次のように四つに分類することもできよう。

旧帝国・列強から生まれた主権国民国家:イギリス、フランス、ドイツ、日本
新帝国(主権国家):アメリカ合衆国
旧帝国から受け継いだ社会主義国家:中国、ロシア
それ以外の主権国家:オスマン帝国から生まれた中東諸国、植民地から独立したアフリカ諸国、オセアニア、東南アジア、ラテンアメリカなどの国々。
 ちなみに、田中明彦氏の「新しい中世」の分類にしたがえば、「それ以外の主権国家」は、中国・ロシアを除く第二圏域(近代圏)と無秩序の第三圏域(混沌圏)の国々になる。田中説の第一圏域(新しい中世圏)は、アメリカとヨーロッパ各国と日本で構成される。

 このように、羽田氏の著作を参考に作った分類をムーア氏のそれと比較すると、だいぶ違うのが分かる。旧ソ連にとって代わったロシアはすでに共産党政権でなくなった。一方、中国はいわゆる社会主義的な計画経済のほか、資本主義的な「市場経済」をも取り入れていることが、非常に重要なポイントである。富永健一氏は『日本の近代化と社会変動』(講談社、1990年)において、「これからの社会主義は、市場経済をとりいれたものとなっていくほかはないであろうから、資本主義と社会主義との関係は連続的なものとなり、両者の区別はカテゴリカルなものではなくなっていくであろう。資本主義の精神のほかに社会主義の精神を対置する必要はもはやない。すなわち、ここでいう資本主義の精神は、経済的近代化を追求するものであるかぎりでの社会主義の精神をも、包含するものである」(55頁)と指摘した。それまで異なると考えられていた価値が同じ枠組みの中にすっぽり収まったのである。

2.「普遍的価値」で動く社会変動
 社会変動には、経済の変動、政治の変動、法的変動、文化の変動などを含む。社会変動はなぜ起こるのだろう。それを分析するためには、富永健一氏は同書で、個人レベルの価値による集積された社会のレベルの「価値」を確認する必要があると指摘している。もちろん、多数者によって共有されない価値は、単に主観に過ぎない。
 コロナ危機をきっかけに、気になったのは安倍総理の発言に、「基本的価値」を聞かなくなったことだ。第2次安倍内閣は、いわゆる「価値観外交」を打ち出した。中国やインドとの間という地政学の視点から、東南アジアを重視する点に特徴があるが、それを聞くと、中国だけがあたかも「普遍的価値」をもってないようなイメージが作り上げられているように感じたものだ。安倍総理は就任直後の最初の外遊先として、2013年1月16日から18日にかけ、ベトナム、タイ、インドネシアを訪問し、「対ASEAN外交5原則」を発表した。以降、2020年1月20日の国会施政方針演説での、「日米同盟の強固な基盤の上に、欧州、インド、豪州、ASEANなど、基本的価値を共有する国々と共に、『自由で開かれたインド太平洋』の実現を目指します」まで度々、「基本的価値」「普遍的価値」を繰り返してきたが、この時を最後に今回のコロナ危機に際しては、これらの言葉は、一度も口にされていない(本稿執筆の5月12日まで)。これには何か「主観」的忖度が働いたのかもしれないと感じた。日本は中国と同じ社会主義制度のベトナムと「普遍的価値」を共有しているという。ならば「富強、民主、文明、和諧、自由、平等、公正、法治、愛国、敬業、誠信、友善」といった社会主義の核心的価値観を掲げている中国とも「普遍的価値」を見出そうと思えば見出せるはずだ。なぜならば、それを妨げる客観的な障害はほとんどないからである。共有できる「普遍的価値」を見出せば、日中間の経済関係だけではなく、周辺諸国の経済、政治、法律、文化も連動し、地域社会の変動へと繋がるのである。

3.新型コロナ危機後の世界
伝染病は人類の興亡と盛衰にはかり知れない影響を与えてきた。コロナ危機を一種の「遭遇」(Jerry H. Bentley. Old World Encounters.1993)として考えれば、経済だけではなく、世界規模で政治、軍事、思想などいろいろな面においてコンフリクト(conflict 冲突、对立)が起きていても無理もない。これはグローバル化が後退するというより、むしろ、コンフリクトによって、共有できる価値を見出すための現象として受け止めるべきではないかと思う。
 コロナ危機後、世界はどう変わっていくだろうか。今までのグローバル化を振り返ってみると、多くは経済分野の試練にすぎなかった。しかも、成功にはほど遠い試練だったのである。そのため、コロナ危機が終息したあと、まず各国が自らの対応を検証し、今回の失策を反省しなければならない。そして、WHOの枠組みの中でガイドラインを作るべきであろう。また、たとえば日中が「普遍的価値」を見出して、新たな信頼関係を築くことやASEANとの連携を深めることなど、新たなグローバル化の土台を作る必要がある。さらに、中国とインドの経済発展につれて、貿易ルールや国際関係も変化が起きると想定する必要があるだろう。
 すでに羽田氏が指摘したように、「今後の世界を見通す際の重要なポイントは、世界中のさまざまな人間集団のすべてが、同じ国家構造や政治の仕組みを持たねばならないとは考えないということである。(中略)『普遍』への信奉を捨て、世界各国の人間集団が、自分たちの社会の秩序を維持するのに最も適した政治の仕組みを採用すればよい」(同書258-259頁)と考えてみるべき時期が来ているのではないかと思われる。
 これからの世界は、「主義」や「価値」よりも、他者に対して押し付けではなく、政治の仕組みが異なる集団も互いに協力しながら地球全体の問題解決に対処できる仕組みを考案することがもっとも重要な課題であろう。そのため、グローバル化の新しい見取り図を描き提示できるような、「職業としての政治」が執り行え強力なリーダーシップを発揮できる政治家が必要であろう。

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