学問の世界にフェミニズム空間をつくりだす - 東京カレッジ

学問の世界にフェミニズム空間をつくりだす

2023.09.25

 フェミニズムはさまざまに理論化され、議論され、実践されてきましたので、この用語を定義するのはきわめて困難です。来日してわかったことですが、英語の「feminism」を日本語にするのも同じく難しいことです。カタカナ語の「フェミニズム」は別の意味合いをもつことがあるからで、それは女性運動やジェンダー平等を概念化してきたアプローチとは必ずしも一致しません。Mary G. Dietz (2003: 399) はフェミニズムの前提を理解するのに有効な方法を提示し、次のように述べています。

  [フェミニズム]は具体的な原則(例えば、平等、権利、解放、自己決定権、尊厳、自己実現、承認、尊重、正義、自由)のもと、対象(女性)を措定し、問題(ジェンダー化された関係を通じた女性の従属と客体化)を特定し、さまざまな目的(支配関係の転換、性差別の根絶、女性の性の解放、女性の権利と利益を求める闘い、「意識」向上、制度的・法的構造の変革、民主主義のジェンダー化など)を明示する。

  この定義はフェミニズムに単一の意味を定めず、幅広い側面があることを認めたものですが、それでも定義として有効だと思います。私にとってフェミニズムとは、合意を形成しようとすることではなく、違いを超えて協働すること、正義と平等に向けたそれぞれの目標を実現するために連携し、互いに支え合おうとすることであるからです。とはいえ、そうした連携は一時的なものにすぎなかったり、戦略の見直しが必要になったりすることもあります。

  同時に、違いを超えてこうした連帯を可能とするには、交差性(インターセクショナリティ)への理解が不可欠です。交差性は、アフリカ系アメリカ人のフェミニストKimberle Crenshaw(1991)が提唱した概念であり、個人のアイデンティティの異なる側面が重なり合い、あるいは「交差」し、さまざまなレベルの不利益や特権が生じることを理解する枠組みと定義できます。言葉を換えれば、アイデンティティ形成に基づいた不平等の諸システム(人種、階級、ジェンダー、セクシュアリティなど)が相互に補強しあい、たとえば黒人女性は、周縁化された人種アイデンティティとジェンダーアイデンティティが重なって二重に不利益をこうむる可能性があるのです。私は交差性がフェミニズムにとって重要だと考えています。なぜなら、私たちが全員同じ集団(たとえば「女性」)の構成員であっても、やはり差異が生じることを忘れてはいけないと、交差性は気づかせてくれるからです。そうした差異は分裂を生むのではと思うかもしれませんが、私たちが力を合わせて、最も周縁化された人のために正義と平等を実現しようとすれば、すべての人のために正義と平等を実現できるのです。

  女性比率が低い学術界に身をおく一人の女性として、私は現にあるフェミニズム空間に貢献するか、なければ新たにつくりだすことに尽力したいと考えてきました。それは自分自身のためではなく、周縁化されたアイデンティティ(人種、階級、セクシュアリティなど)ゆえに私以上に大きな障害を抱えている女性研究者を支援するためです。私は高等教育機関にもっとフェミニズムを浸透させようと努力してきました。その過程で、フェミニズムは必ずしもジェンダーの問題を取り上げなくてもよいことに気づきました。フェミニズムは、その価値観を指針とし、社会正義の目標を掲げることで、他者と協働する方途ともなるのです。

  私個人の例ですが、カリフォルニア大学サンディエゴ校の大学院生だった時、文学博士課程に加え、批判的ジェンダー研究(Critical Gender Studies)を専門的に学べるプログラムに参加する機会を得ました。このプログラムにはジェンダー・セクシュアリティ研究の厳格なコースワークがありましたが、そのなかで、教室での討論、論文の作成、学問の世界、そして日常生活においてフェミニズムをいかに実践するかについても教わりました。ある時、担当教授は、社会的偏見と構造的不平等が歴史的に周縁化された集団の大学進学を阻んでいるだけでなく、幸い入学できてもその方々の発言を妨げてきたと語りました。先行研究によると、女性は男性よりも討論中に発言を中断されることが多く[1]、有色人種の学生はインポスター症候群に陥りやすい[2]ことがわかっています。しかし、この教授はこうした不平等をなくそうとしました。一人ひとりの考えは貴重で共有する価値のあるものだから自信をもちなさいと、学生を励ましてくれました。また、クラスで発言を終える際に、「話が長くてごめんなさい」とか「言いたいことが通じてるかわからないけど。とりとめなく話しちゃった」と言って謙遜する必要はないとも言っていました。そうして、歴史的に周縁化された集団の声をしっかり聞き、自分たちの可能性を互いに認め合うことで、クラス内にフェミニズム空間を生み出せることを示してくれました。

  私は2023年1月に特任研究員として東京カレッジに迎えられました。そして、東京大学でもフェミニスト・コミュニティを見つけたい、つくりたいと思いました。そのためにいちばんよい方法は共同研究グループを立ち上げることだと考えました。東京カレッジには共同研究グループの一つとして「アイデンティティ」研究会があり、そのなかに「言語とアイデンティティ」をテーマとする小グループがありましたので、私は第二の小グループとして「ジェンダー、セクシュアリティ、アイデンティティ(GSI)」研究会をつくることを提案しました。この提案は羽田正カレッジ長と味埜俊副カレッジ長に歓迎され、ほどなくして東京カレッジの多くのメンバーから参加の意向が寄せられました。

  2023年2月以降、GSI研究会を隔週で開き、ジェンダー、セクシュアリティ、フェミニズム、トランスジェンダー理論、クィア理論に関するテキストを読み、議論しています。プロジェクトも2件実施しました。一つは国際女性デーシンポジウム「国境を越えたフェミニスト運動を考える」、もう一つは東京大学オープンキャンパスでのオンライン展示です。この秋からは「読書会」を始めました。週1回、東京カレッジ潮田フェローで元『エコノミスト』編集長Bill Emmott氏の著作『Japan’s Far More Female Future(日本の未来は女性が決める!)』(2020) を読んでいます。10月にはEmmott氏をお招きする予定です。

  私たちは共同研究会として、研究会をできるだけ公平なものとし、メンバー間にフェミニスト・コミュニティをつくろうとしています。発言する機会、自分の考えが価値あるものと思える機会を一人ひとりに提供しようとしています。対話を大事にしてもいます。意見を交換し合うことで新しい概念やアイディアが生まれ、互いに学び合えるからです。研究会の提案者である私が事実上のリーダーになっていますが、よりフラットな(上下関係のない)運営を目指しています。そのため、より多くのメンバーが交代で議論の進行役を務めたり、新たな活動を提案したりするよう呼びかけています。

  GSI研究会のもう一つ重要な側面はその文化的な環境にあります。つまり、多様な視点を包摂し受け入れるフェミニスト的環境を生み出そうと最大限努力しています。さらに、異論を安心して発言できる安全な空間をつくろうとしています。誰もが学びの途上にあり、間違ったり、人を傷つけるようなことをつい言ってしまったりするという理解があることも、安全な空間づくりにつながります。とはいえ、学びを一つのプロセスと見て、自省と自己変革のチャンスを互いに与え合い、間違いを成長の糧にしようとしています。

  全体としてGSI研究会の目的は、ジェンダーとセクシュアリティに関するメンバーの学びと研究を支えることにありますが、私の願いとしては、それにとどまらないサポートが広がればと思っています。フェミニストのネットワークによって、研究者として成果を上げるために必要な資源の共有に役立つかもしれません。また、互いに助け合うことで仲間意識が生まれ、インポスター症候群を跳ね返せるかもしれません。たいへんな時に互いに力を合わせることができればと思います。最後に、フェミニズムは私たち一人ひとりにとって何を意味するのか、あるいは、私たちが目指しているものを表す用語として「フェミニズム」は妥当なのか、東京カレッジ在任中にGSI研究会で共に考え続けたいと思っています。

References

Crenshaw, Kimberlé. 1991. “Mapping the margins: intersectionality, identity politics, and violence against women of color.” Stanford Law Review 43: 1241-1299.

Dietz, Mary G. 2003. “Current Controversies in Feminist Theory.” Annual Review of Political Science 6, 1:399-431.

Hancock, Adrienne and Benjamin Rubin. 2014. “Influence of Communication Partner's Gender on

Language.” Journal of Language and Social Psychology 34: 46-64.

Ahmed, Afran, Tatyana Cruz, Aarushi Kaushal, Yusuke Kobuse, and Kristen Wang. 2020. “Why is there a higher rate of imposter syndrome among BIPOC?” Across The Spectrum of Socioeconomics 1, 2: 1-17.

[1] Adrienne Hancock and Benjamin Rubin (2014)を参照。

[2] Afran Ahmed, et al. (2020)を参照。

 

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