誰でも科学者 - 東京カレッジ

誰でも科学者

2021.09.02

誰でもはるか遠くの銀河を確認できることをご存じでしたか。火星探査機に地形の分類方法を教えたくありませんか。あるいは、動物の行動の解明に取り組んでいる動物学者や、異なる言語について研究している言語学者の手助けをしたくはありませんか。これらの学問分野の学位をもっていなくても、そういったことができる世界を想像したことがありますか。

情熱と少しの時間と、インターネットにつながるパソコンやスマートフォンなどの機器さえあれば、市民科学者になれます。

市民科学という用語は、専門家ではない人がさまざまな形で研究プロジェクトに参加することを含みます。市民科学は、新たな知識を生み出すツールであり、方法です。市民科学は、科学的なテーマや問題(たとえば気候変動、子どもの言語発達)をめぐって形成されるコミュニティでもあります。市民科学は研究を進展させ、専門的な研究者とその研究に強い関心をもつ人々との対話を生み出します。市民科学は双方に教育を授け、科学研究に対するより多くの人々の意識を高めることに貢献します。Strasser et al. (2019)が強調しているように、市民科学には、「科学リテラシーを高め、取り組まなければならないグローバルな課題の科学的エビデンスに対する不信や懐疑を打ち消す」ポテンシャルがあります。

今日ある市民科学は近年発達したもので、さまざまな学問分野のプロジェクト件数はこの10年間増え続けています(図1を参照)。

図1 出典:SciStarter, Nature

誰でも市民科学者になれますが、実際にはどういう人?

人気のある市民科学プラットフォームの1つであるSciStarterによれば、市民科学者になる人には退職者やオンラインゲーマー、教育者、学生、環境正義の提唱者などが多いようです。市民科学者になる理由も実にさまざまで、新しい趣味や新たな仲間を見つけたいという人もいれば、研究を直接体験したい、関心をもって情熱を注いでいる問題に関する研究に参加したいという人もいます。

市民科学は1つの研究方法、つまり、現在のさまざまな社会的傾向に対応した研究のやり方を示しています。市民科学は、大部分をリモートで行なえますが、それでも人と人を結びつけます。市民科学は本来、オープンデータに基づく研究であり、データ収集プロセスと収集されたデータ、そして分析結果にもより多くの人がアクセスできます。SciStarterによると、市民科学プロジェクトは次の4つの原則に沿っています。(1)誰でも参加できること、(2)質の高いデータを蓄積して検討し、比較し、さらに分析できるよう、参加者は同じ研究プロトコルに従うこと、(3)真の科学的目標を達成するためにデータを収集すること、(4)科学者とボランティアが協力し、双方がアクセスできるデータを共有すること。市民科学は、以前はビッグデータが手に入らなかった研究分野におけるビッグデータの必要性にも対応します。

政府機関や環境保護団体は市民科学を活動に組み込んでいます。たとえば、国連環境計画は他のアウトリーチ手法と併せて、市民科学を環境問題の調査に活用し、環境問題への関心を高めようとしています。世界中のさまざまな組織が市民科学を科学的な方法、コミュニティ活動、教育機会として促進し、支援しています。欧州委員会は研究・イノベーションプログラム「ホライズン2020」の一環として、市民科学プロジェクトを対象とした助成制度を設けました。市民科学は博物館でも推進されています。そういった市民科学を支援している科学博物館の一例が、東京にある日本科学未来館です。

市民科学は実際にどのような学問分野で活用されているのでしょうか。Sven Manske at CS Track は、やはり人気のある市民科学プラットフォームZooniverseで行なわれているプロジェクトの研究分野に関するデータを提供しています。プロジェクトの内容説明のテキストを分析したSven Manskeによると、プロジェクト件数が最も多い研究分野は「生物多様性と保全」、第2位は「リモート・センシング」となっています。

図2 出典: Sven Manske at CS Track

生物多様性に関する研究は、世界または特定地域の植物と動物の変異、変異の度合い、変異の影響、変異の仕方、変異が時とともに変わりうる理由を調査します。リモート・センシングは、地域や対象物に関する情報を遠隔で、たとえば飛行機や衛星から取得する方法です。生物多様性と保全の研究でも、リモート・センシングの研究でも、数十万枚の画像が収集され、それらを分類する必要があります。その作業を担えるのが市民科学者なのです。そうしたプロジェクトの代表例の1つとして、Floating Forestsがあります。これはアメリカ航空宇宙局(NASA)が後援する市民科学プロジェクトで、Zooniverseで行われています。このプロジェクトにおける市民科学の役割は、地球観測衛星ランドサットが撮影した膨大な数の写真を見てケルプの森の有無を確認することにあります。言葉を換えれば、市民科学者は衛星画像を見て、ケルプであるかどうかを見分けるのです。市民科学者の作業結果は生物多様性の調査と保全に役立ちます。

生物多様性とリモート・センシングに関するプロジェクトが最も多いとはいえ、Sven Manske at CS Trackによる分析によれば、技術、自然科学、社会科学、芸術・人文科学の分野でも市民科学プロジェクトは行われています。

図3 出典:Sven Manske at CS Track

Galaxy ZooMaturity of Baby Soundsという市民科学プロジェクトは、市民科学がさまざまな作業に活用できることを示しています。Galaxy Zooは最もよく知られた長期的な市民科学プロジェクトの1つです。このプロジェクトで市民科学者に求められたのは銀河の写真を分類することでした。そうした分類は研究者にとって、銀河がどのように生成・進化するのかの解明に役立ち、宇宙に関するさまざまな理論の検証にも役立っています。このプロジェクトは2007年に始まり、今も続いています。1年目だけで15万人が参加し、5000万件の分類がなされました。このプロジェクトは段階が進むごとに異なるデータを用い、少し違った作業によって進められ、その結果、60以上の研究論文を生み出しました。

Galaxy Zooでは銀河の生成・進化が研究され、「Maturity of Baby Sounds」プロジェクトでは、赤ちゃんの言語発達が研究されました。そしてどちらのプロジェクトにおいても、市民科学者が大量のデータの分類に貢献しました。後者のプロジェクトでは、市民科学者は、赤ちゃんの声を録音したごく短いオーディオクリップを聞いて、赤ちゃんが泣いているのか、笑っているのか、発話しようとしているのか分類することを求められました。このプロジェクトにおける市民科学者の分類は、言語発達に対する研究者の理解を助けています。

私たちが今年始めた市民科学プロジェクト「語と語」(副題「なんで『ひま』は『つまらなくて』、『うしろ』は『こわい』?」)は、日本語の単語間の関係性と類似度について理解を深めようとするものです。このプロジェクトでは、市民科学者は日本語の単語ペアの関係性を分類し、類似度を評価することを求められます。

プロジェクトの副題で「ひま」と「うしろ」という2つの概念を取り上げたのは、2つの理由で本研究の具体例を示したいと考えたからです。第1に、「ひま」も「うしろ」も日本語において文化的に特有の文脈が伴います。たとえば、「ひま」は否定的な意味合いをもち、「うしろ」は恐れを連想させます。第2に、「うしろ」と「こわい」といった単語間の関係性は、日本語母語話者の直観に頼るか、日本語環境に身をおかない限り、予測するのはきわめて困難です。本研究の成果は日本語の学習者と研究者に、多数の日本語母語話者の言語的直観へのアクセスを提供し、「マイホーム」と「我が家」の違いを示し、また、「外」と「内」といった複雑な概念のニュアンスを説明します。

「語と語」プロジェクトの目的は、日本語を母語とする市民科学者が作成したデータセットを収集し、語彙の類似性と意味論的関係(類義、対義、文化特有の関係など)を特徴づけることにあります。意味論的関係については、ことわざやアート、ポップカルチャー、常識、一般的な知識などを考慮します。本プロジェクトの成果は、辞書編纂や言語学習から自然言語処理と理解に至るさまざまな分野で活用できます。市民科学者がこのプロジェクトに長期にわたって参加してくだされば、メンタルレキシコン(詳しく前のブログ)と研究に支えられた日本語学習・教育に関する世界的な議論に貢献することになります。短期的には、日本語研究に関心のある市民科学者のコミュニティが形成されます。

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