イベント報告 「宮沢賢治の宇宙的想像力から持続可能性を再考する」 - 東京カレッジ

イベント報告 「宮沢賢治の宇宙的想像力から持続可能性を再考する」

2025.12.22
Tokyo College Blog

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執筆者:Trent Brown, Flavia Baldari, Tamara Meladze, Julie Dind, 三田香織, 寺田悠紀, Jesse Rafeiro

東京カレッジの「持続可能性と社会」共同研究プロジェクトではこの1年間、学際的なプロジェクトを立ち上げ、宮沢賢治の生涯、思想、作品、遺産を探究してきました。

宮沢賢治は1896年に生まれ、短い生涯の大半を岩手県花巻とその周辺で過ごしました。賢治は地元の人々をはじめ生きとし生けるものの幸福に深い関心を寄せました。そこには日蓮仏法への傾倒も影響していました。

賢治は、今なら学際的な知識人と呼べる人物でした。賢治は可能な限りの方法で、さまざまな分野の知識を活用し、人間と他の生き物の幸福を高めようとしました。教師を務めた農学校では、科学と自然界へ学生たちの好奇心を掻き立てようと革新的な方法を編み出しました。学生たちを自然の中に連れ出して学ばせたりもしました。賢治は短編作品のいくつかにそういったことを書いています。農学者でもあり、農学の最新知識を生かして農民の生活を向上させたいと強く願っていました。

農学者として書いた作品では、理論をつねに実践との対話につなげようとし、農業を科学的探究と文化的生産の一形態として捉えなおしました。農民を「中間」領域に位置づけ、農民の仕事には科学的正当性と芸術的(伝統的)価値があると認識していました。そうして賢治は、より広範な集団的・創造的プロセスの一参加者であることが自分の役割であり、主役は農民だととらえていました。

今日、賢治は童話作家、詩人としてよく知られています。しかし興味深いことに、生前に刊行された作品はごくわずかです。ホイト・ロング(Hoyt Long 2011)によると、賢治が物語を書いたのは、主として学生たちに読み聞かせるためでした。つまり作品は、学生たちの想像力を掻き立て、学生たちの学びを促し、良き人間となるべく後押しをする教材だったのです。賢治の物語は暗示的あるいは明示的に、すべての生き物に寛大であること、自分とは異なるものに共感することの重要性を教え、強欲と利己主義を戒め、物質的資源を見境なくむさぼることを戒めています。このように賢治は、当時日本で進行していた資本主義経済の発展に懸念を表明していました。

2025年11月18日、私たちはこのプロジェクトの成果を発表するとともに、賢治作品における持続可能性関連テーマについて他の研究者と対話するため、伊藤国際学術研究センターでイベントを開催しました。

イベントは3部構成で、第1部は導入として、賢治をその文化的・歴史的環境に即してとらえることを試みました。第2部では、賢治の作品と思想(とりわけ、人間を超えた世界と関係する倫理観)を形成した宗教的理念(特に日蓮仏法)の影響を検討しました。第3部では、岩手県に残る賢治の遺産を探りました。

最初に、米コロンビア大学のハルオ・シラネ教授(日本文学・文化)が基調講演を行いました。シラネ先生は東京カレッジと長いご縁があり、近代以前の日本文学における、人間を超えたテーマを扱っています。講演でシラネ先生は、宮沢賢治と類似作家の作品を「日本の生態社会主義的想像界」(Eco-social imaginary of Japan)というカテゴリーに位置づけました。これは近刊の著書で説明されている概念で、「生態社会主義的想像界」とは次のように定義されています。

  独自の生き方、存在の様式であり、共同体をその物理的環境と結びつける。「社会なる」ものは人間の共同体に限らず、人間以外のもの、つまり動物、爬虫類、鳥、高木、山(大地の存在)を含むより大きな共同体をいう。

シラネ先生はさらにこの観点から、儀式、民間伝承、語り聞かせは日本の生態環境にしっかり織り込まれているものだと語りました。

次に、結パークフォーレストの宮川ミチコさんと宮川正裕教授の話を聞きました。結パークフォーレストは、岩手県で里山を保全し、教育的な農泊(ファームステイ)を行っています。宮川夫妻は賢治の最も感動的な作品の一つである『虔十公園林』を生き生きと朗読されました。この作品は賢治が1933年に死去する数年前に書かれたものとされています。虔十という少年の物語で、虔十には知的障害があることが示唆されます。ある日、虔十は神のお告げがあったかのように、未開の農地に杉をたくさん植えます。商業的な意図や才覚もなく植えるので、村人たちは虔十をばかにします。しかし年月を経て、村人たちが驚いたことに、虔十が植えた木々は林となり、子どもたちが集まる遊び場になります。虔十の死後何十年たっても、子どもたちがやってくるのです。この童話が語っているのは、社会から疎外された者への賢治の深い共感、自然から啓示を得る者への感謝の念、子どもと野生空間の自然な親近性、そして、この世界で、誰の遺産が永続的に伝承されることになるのか、また誰がそうならないのかは、必ずしも定かでないという事実です。

次に、宮沢賢治の作品と思想の研究者であるP・A・ジョージ特任教授(神奈川大学)と深田愛乃さん(武蔵野大学仏教文化研究所特別研究員)が、賢治の人間を超えた世界観への宗教的影響について発表を行いました。P・A・ジョージ教授は、賢治の思想における共依存という考え方について語り、『虔十公園林』や『注文の多い料理店』のような物語が人間と自然界との相互依存に言及したものであると論じました。つまり、それらの作品は、人間の幸福は、知覚を有する他の生き物の幸福に依存するという仏教観を伝えているといいます。次に、深田愛乃さんは、賢治の作品の基底に仏法の「下種」という考え方があると指摘しました。「下種」とは、仏の種を日常生活にまくことをいいます。特に今の時代、人は善行の価値を正面から「説教」されても聞き入れはしないでしょう。そうではなく、自分自身の行動で善の価値を示してこそ、仏の種を他者の心に植えつけることができるという考え方です。賢治は童話を書いてこういうことを目指したのだと、深田さんは述べました。直接的な言説がうまくいかない場合でも、人の心を動かし価値観を変える文学の有用性に触れるお話でした。

最後は宮川正裕教授、Jesse Rafeiro博士(東京カレッジポスドクフェロー)との対談でした。まず、宮川教授は、家族や仲間と始めた「結パークフォーレスト」事業について話しました。この事業の目的は、日本の伝統的な農林業(里山という社会生態系の重要な要素)を護り、農泊体験をとおして、自然に触れて暮らすことのよさを学生たちに伝えることです。宮川さんはこの事業を立ち上げるにあたって賢治の『虔十公園林』、特に、自然の空間が、誰に言われずとも子どもたちの遊び場になるという物語に触発されたといいます。結パークフォーレストは、教室の中での座学ではなく、自然の中に身を置き、五感で世界を体験することの重要性を若者に教えようとしています。

Jesse Rafeiro博士は、東京カレッジの「持続可能性と社会」共同研究プロジェクトについて説明しました。宮川さんをはじめ、数多くの岩手県民が宮沢賢治の思想のさまざまな側面に触発され、それを実践してきたことに触れ、地方自治体の試みも紹介しました。地方自治体は地域観光の振興に賢治のイメージを利用するだけでなく、賢治の精神を社会に吹き込もうとしてきました。賢治の生涯や作品に登場する重要な自然景観を遺産として指定しようともしています。「イギリス海岸」などを見ると、インフォーマルな形でも地域のイベントにおいても地元の地形を理解する一助になっていることがわかります。賢治独自の世界観と創造的営みを反映した美術館・博物館づくりにも多大な努力が払われてきました。

私たちのプロジェクトのねらいは、宮沢賢治(その作品と世界観)の研究にとどまるものではありません。賢治が提起したものを私たちなりのやり方で生き、体験し、実践と知識をつなげようとしています。このワークショップは、私たちの研究を宮沢賢治研究の専門家らと共有する素晴らしい機会となりました。さらに、結パークフォーレストからも参加いただいたおかげで、私たちが学んできたことを花巻にお返しする機会ともなりました。

引用文献

Long, H. (2011). On Uneven Ground: Miyazawa Kenji and the Making of Place in Modern Japan. Stanford, CA: Stanford University Press.

 

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