国際障害者デーに思うこと ——12月3日は、持続可能性を研究する私にとって何を意味するのか
毎年、12月3日は「国際障害者デー」です。社会のあらゆる分野に存在する障害者の権利、福利、包摂を促進すべく国連が定めました。国連の2025年のテーマは、「社会的進歩を促すために、障害を包摂した社会を促進する」ことを強調しています。つまり、包摂は象徴的なものではなく、構造的なものであり、変革するリーダーシップが求められます。今年の国際障害者デーは、私にとって特に深い意味をもつものでした。2025年12月3日、私は上海にいました。「障害者起業家フォーラム」で基調講演を行い、教育と研究に果たす持続可能性とAI(人工知能)の役割について話しました。持続可能性とAIの責任ある設計がなされれば、包摂をどう後押しできるかについて論じたのです。このフォーラムのテーマ「包摂的な成長、持続可能な未来」は私の研究テーマと呼応するものあり、私自身が歩む道とも重なります。

障害者起業家フォーラム (上海)
障害が生きられた経験となるとき
私はこれまで高齢化や縮小する社会、持続可能性を研究テーマとしてきました。人口はどう変容するのか、諸制度はどう適応するのか、支援システムはどう変わるのかを研究してきました。故マーク・ブックマン博士(私にとってロールモデルでありヒーローとして尊敬する人物)をはじめ東京カレッジの仲間とともに、高齢化社会はおのずと障害のある世界に近づいていくだろうとよく議論しました。特に、身体はどう弱まり、歩行可能性はどう変わり、社会的支援がいかに不可欠になるのかについて話題にしたものです。とはいえ、私自身が車椅子を使い始め、手足に麻痺を経験し、新たな社会的ケアや補助器具に頼るようになってはじめて、こうした考えが理論から私自身の現実になりました。
障害が突如研究テーマになったのではありません。障害は私の日々の生活でした。同時に私は東京大学、とりわけバリアフリー推進オフィスから特別な支援を受けました。そのおかげで、物理的課題が新たに生じようと、講義や調査のための出張、研究活動を続けることができました。同オフィスの仕事は目立ちませんが、不可欠なものです。制度が研究者を周縁に追いやるのではなく、どうすれば力になれるのかを示す好例でしょう。
なぜ障害がサスティナビリティ学にとって重要なのか
包摂を語らずして持続可能性について語ることはできません。
持続可能な社会は、誰もが能力にかかわらず教育活動に関わり、研究に貢献でき、職を得、自由に動ける社会です。それは、私の生きられた経験からして、より明白になりました。サスティナビリティ学においては、レジリエンス(システムが衝撃を吸収し、機能し続ける力)がしばしば強調されますが、障害は、個人レベルでも社会レベルでもレジリエンスの最たる表象ではないでしょうか。できることが予期せず変わる人たちを社会はどのように支えるのでしょうか。障害のある研究者が自分の専門知識を生かし続けるために、大学はどうすればよいのでしょうか。AIと技術革新はどうすれば新たな障壁をつくらず、依存性を低減できるのでしょうか。障害は例外ではありません。誰にでも起きます。病気や事故、高齢化によってほとんどの人が経験することです。
サスティナビリティ学が障害を無視すれば、未来を無視することになります。
高齢化、障害、人間と自然の関係
日本学術振興会の科研費助成事業(基礎研究(C) 23K11530)の一環として、高齢者と自然はどう作用しあうのか、また人口動態が、コミュニティと森林や里山の景観、保全活動とのかかわりにどう影響するのかも探っています。高齢になって変わるのは身体だけではありません。自然環境との向き合い方や生態系サービスへのアクセスの仕方、保護活動への参加方法も変わります。私がこのプロジェクトで目指しているのは、高齢化と人口密度の低下によって人間と自然の関係はどう変容するのか、高齢者や障害者が自然から恩恵を得、自然に寄与し続けるには、どのような支援やイノベーションが必要なのかを理解することです。自分自身が障害を得て以降、この研究はいっそう意味あるものとなりました。包摂的なデザインは都市の課題であるのみならず、景観や生態にかかわる課題でもあることがわかりました。高齢化が急速に進む社会では特にそうです。

シニア世代による里山森林管理活動(千葉県柏市、NPO法人ちば里山トラスト)
障害は少数者の問題ではなく共通の未来
障害に関する大きな誤解の一つは、「他人事」という思い込みです。そうではなく障害は、人生の自然な一部なのです。ほとんどの人がいずれ次のものに頼ることになるでしょう。
- 移動支援
- 支援技術
- アクセス可能なインフラ
- 社会的ケア制度
これが現実である以上、障害研究は高齢化研究、人口動態、持続可能性とつながります。
車椅子で空港を移動する、アクセシビリティに留意して調査のための出張計画を立てる、他者の支援に頼るといったことを経験し、私は社会観が変わりました。こうした体験から謙虚さと思いやりの心を学び、誰もが活躍できるシステムを設計することの重要性を学びました。
経験を通して政策を提言
それ以前も私は高齢化、レジリエンス、適応システムについて研究していました。
障害を直接体験してからは、研究者として発言するのはもちろんですが、権利、教育へのアクセス、包摂的な研究環境を求め、障害の包摂と持続可能性が不可分な未来を求めて発言するようになりました。
12月3日が私たちすべてに伝えること
国際障害者デーは、障害そのものを祝う日ではありません。
人間の尊厳、レジリエンス、十分な社会参加の権利を称える日です。
国際障害者デーは私たちに次のことを想起させます。
- 包摂は持続可能性
- アクセシビリティはイノベーション
- 障害はだれもが経験すること
- 制度的支援(東京大学バリアフリー推進オフィスなど)は人生とキャリアを変えうる
何よりも重要なのは、誰もが人生のあらゆる段階で貢献でき、成長でき、尊重される社会の形成に向けて、私たち一人ひとりに果たすべき役割があるということです。
これこそが、私が研究者、教育者として、さらに今は研究のみならず生きられた経験を通して障害を理解する者として、実現したいと考えている未来です。



