デジタルは世界を救うか? : コロナ後の世界 - 東京カレッジ - Page 2

デジタルは世界を救うか? : コロナ後の世界

2020.04.18

プライバシーを守るアルゴリズム

では、デジタル接触追跡とはどんな方法だろうか。それは、今では殆どの人が持っているスマートホンを使い、一人の感染者が見つかったらその人と一定の時間以上、近距離で接触した人を特定し、インタビューによる調査や検査等にかかる時間を省略して、接触者に情報を伝え、自主的に何日か早く待機し、他へ感染させることを防ぐというものだ。いや、そんなことをしたら、個人のプライバシーは守れないのでは、と思うのがまず浮かぶ疑問だ。実際、韓国では一時、GPS情報を使い、感染者が立ち寄った店舗や経路などが表示されるアプリが開発され、批判を受けた事例があった。中国でも感染者がでたアパートなどを地図で表示するアプリが出回っている。しかし、現在開発され、間もなく使えるようになるというアプリは、スマホのGPS機能などの個人情報は使わず、ブルートゥース機能を使い、感染者と一定時間以上いた場合に通知するアプリである。(通信技術やゲーム開発、ブロックチェーンなどで技術力のある日本でも同様の技術開発は可能なはずだ。)

これがプライバシーを侵害しないのは、次のようなアルゴリズムだからだ。

例えば、AさんとBさんの2人が話していたとする。Aのスマホは、5分に一回ランダムな文字列を近くにいるBのスマホに送る。Bのスマホも同様にAのスマホにランダムな文字列を送る。30分間近くにいるとAとBのスマホには、ランダムだが互いが発したランダムな文字列が6種類ずつ保存されている。この情報は例えば2週間保存され、誰と近くにいたかが記録される、ただしランダムな文字なので誰と接触したかは知ることが出来ない。

あとでAが感染したことが判った時点で、Aは隔離とともに(例えば)病院のホストコンピュータに、2週間分の情報を送る。Bさんのスマホは、病院にある感染者が発したランダム文字列のリストを常に自動的にチェックしている。そこにBさんが過去に記録した文字列と共通の文字列が見つかればスマホは、いつ感染した可能性があるとBさんに通知する。これを受けてBさんは、検査を受ける前に自主的に隔離を行う。感染してから症状が出るまでに平均5日はかかるので、自分が人に感染させるのを防ぐことができるのだ。(フランス人の友人に教えてもらったサイトでは、なぜプライバシーが保たれるかを、マンガでわかりやすく解説しており、国ではなく市民側からこの技術を広めようと言う動きも起こりつつあるようだ。)

この新たな方法が意味を持つには、症状だけから感染を認定し、疑わしい接触を通知することも可能だが、基本的には徹底的かつ迅速な検疫(PCR検査や抗体検査)とセットで行う必要がある。PCR検査も抗体検査も精度が100%ではないが、RNAの塩基(文字)配列や抗体の分子構造(アミノ酸配列)などを利用する方法であり、本来は揺らぎが大きいミクロな世界の情報の中では極力揺らぎが抑えられた、一種のデジタル情報を利用している。その意味では、これらの検査も生物が進化で獲得したデジタル技術を利用していると言ってよいかもしれない。

考えられるシナリオ

感染者の増加に対して死者数の増加は20日ほど遅れて現れてくる。また、検査が十分でなければ正確な感染者数の見積もりは難しいが、現時点での累積死者数/累積感染者でみた致死率は世界平均で6%(日本、韓国、ドイツでは2~3%、イタリア、スペイン、フランスでは10%以上)と非常に高くなっているため、感染爆発が起こった国や地域では、封鎖または強い自宅待機要請以外の選択肢はないと考えられる。では、今後どのようなシナリオがありうるだろうか。思考実験を行うとおよそ次のような場合が考えられる。

(1)ワクチンの開発や季節性効果により比較的早期に終息。

(2)ワクチンの開発や治験に1年以上かかり、それまでは封鎖と緩和を繰り返す。

(3)ワクチンの開発が困難で、集団免疫ができるまで複数年にわたり封鎖と緩和を繰り返す。

(4)時間とともにウイルスが弱毒性に変異し、人類と共存するようになる。

(1)または(4)ならば幸運を喜ぶだけだ。(2)と(3)の場合を想定すると封鎖と緩和のサイクルは複数回に及ぶ可能性が大きいので、トータルの死者数を極力少なく抑えながら、トータルの封鎖期間を減らすための戦略について考える必要があるだろう。また、(3)の場合でも、重傷者の入院、軽症者の隔離、無症状者に対する封鎖と緩和を繰り返すと、弱毒性に変異したウイルスが生き残りやすいという選択圧をかける可能性があり、人口の6割まで感染が広がる以前にウイルスが弱毒性に進化適応し、(4)に移行することも予想されるので、サイクル一回ごとでの最小化が望ましい。

封鎖に関してこれまでのデータや単純な疫学モデルから分かることは、強い封鎖または待機要請を行うほど、終息が早まることである。さらには、封鎖時点での感染者が少なければ少ないほど志望者数も封鎖期間も短くてすむことが推定できる。では、発見までの時間遅れも含めた上で、感染者数がどのくらいの時に封鎖を始めて、どこまで減ったら緩和すると死者数と封鎖期間が最小になるだろうか?不確実性は伴うが、そのリスクとともに明らかにするには、詳しいデータに基づいた疫学モデルによる予測が必要だ

以上のシナリオ考えると、水際対策に成功して封鎖を行うことなく推移している韓国や、一旦ウイルスの封じ込めに成功したかに見える中国でも、新たな爆発を抑えるためには、感染経路追跡を補強するためのデジタル技術は有効であろう。また、今後封鎖が解除されるであろう欧州やアメリカ、クラスター対策では立ち行かなくなった日本などでも、第二波、第三波に備えるためには、感染経路追跡と隔離の成功率が100%でないことを考慮するならば、人海戦術を凌駕するデジタル技術を用いた経路追跡が今後不可欠となるのではないだろうか。

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