TOKYO COLLEGE Booklet Series 3
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43 しかしながら、彼の思考はまさに普遍主義で、世界人類の未来を考えました。われわれは今回のコロナ禍で動きにくくなっていますが、ケーニヒスベルクにいたカントを思い出すべく、世界人類は運命の共同体であり、どこかでまた感染が拡大すれば、結局自分たちの国に必ず返ってくるというような、ある意味でコスモポリタンな意識を持たざるを得ません。こうした意識が高まることによって、当座強まるはずの自国第一主義を最終的には乗り越えていくことに期待しています。 武武田田 先ほどライフについて強調しましたけれども、そのとき意識していたのがヴァージニア・ウルフという作家です。彼女の『ダロウェイ夫人』(1925年)という小説には、第一次大戦で心のトラウマを持った人物も登場しますし、スペイン風邪に言及したと思われる箇所も出てきます。こうした大量死を同時代の出来事として経験したウルフが、創作において何を重視していたかというと、ある有名なエッセイ(“Modern Fiction” 1919年)の中でライフを描くことの重要性を非常に強調しています。 そこで彼女が重視したライフというのは、一人一人の市民の生であり、内側の感情であり、市民生活を送る上での自由です。明確に書かれてこそいませんが、ここには当然、自由なライフを享受するための権利も意識されていたはずです。そういった一人一人に立ち戻って想像力を働かせることを、行政や政治家のレベルで期待するのは難しいのかもしれませんが、市民のレベルで、あるいは文化や教育に携わる人間のレベルでもう1回そこに立ち戻って考えることによって、新しい価値観や文化が生まれると良いのではないかと思います。 先ほど宇野先生がリテラシーの重要性を強調しておっしゃいましたが、情報が氾濫する一方で、エコーチェンバーと呼ばれるような、自分にとって都合のいい情報を集めて、都合よく解釈することがここ10年ほどで蔓延してきています。だからこそ、本当の意味で「読むこと」が改めて重要

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