TOKYO COLLEGE Booklet Series 2
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25 ドイツのケルン大聖堂も14世紀初頭までに内陣が完成しました。その後の14世紀の苦しい時代も何とか建設を続けようとしたのですが、16世紀前半になってもほとんど建設が進まず、ついに1530年に建設をいったん諦めました(図6)。しかし、ケルン大聖堂の場合は19世紀になってようやく建設活動を再開され、ついに完成することになります。有名なファサードは19世紀に建設されたものです。 3. 近近代代世世界界シシスステテムムのの終終焉焉ととここれれかからら 16世紀になると、ヨーロッパは再び発展のフェーズに転換していきました。その発展のフェーズを、イマニュエル・ウォーラーステインは「近代世界システム」という概念で説明しています。西ヨーロッパが「中心」となり、16世紀の大航海時代に発見された南アメリカなどが「周辺」と呼ばれる領域として定義されます。「周辺」地域の安い労働力で例えばサトウキビが生産され、砂糖が作られ、「中心」である本国ヨーロッパで高く売りさばかれることによって、つまり「中心」と「周辺」のギャップによって、大きな経済発展がもたらされました。これが近代世界システムであったとウォーラーステインは説明しています。 近代世界システムが面白いのは、「中心」が拡大していくところだと思います。早くには北アメリカが「中心」の仲間入りをし、日本も19世紀末の明治維新を経て仲間入りをすることになります。「中心」の仲間入りをした国は、近代化が終わった国、あるいは先進国と呼ばれるようになり、今度はそれらの国々と周辺国とのギャップによって、新たな富が生み出される仕組みがつくり上げられてきました。

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